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- 2025年2月14日
国立大学法人大分大学
エーザイ株式会社
国立大学法人大分大学(以下 大分大学)、エーザイ株式会社(以下 エーザイ)は、このたび、年齢・性別・喫煙歴・既往歴などの背景データ、一般血液検査データおよびMMSE(注1)の各項目を組み合わせた、脳内のアミロイドベータ(Aβ、注2)蓄積を予測する機械学習モデルを開発したことをお知らせします。本モデルにより、かかりつけ医による日常診療の中でアルツハイマー病(AD、注3)の重要な病理である脳内Aβの蓄積を予測し、簡便なADの早期スクリーニングが可能になると期待されます。
なお、この内容は2025年1月21日に査読付学術専門誌であるAlzheimer's Research & Therapy 誌オンライン版に掲載されました。
現在、脳内のAβ蓄積は、陽電子放出断層撮影(アミロイドPET、注4)や脳脊髄液検査(CSF検査、注5)で検出することができますが、高額な検査費用や身体への侵襲性などが課題とされています。そのため、近年ではより簡便なスクリーニング法として、さまざまなAD関連の血液バイオマーカーに関する研究が数多く行われています。しかし、日常診療データによる脳内Aβ蓄積の予測性能を評価した研究はほとんどありません。本研究は、認知症診療で日常的に収集される年齢・性別・喫煙歴・既往歴などの当事者様の背景データ、腎機能・肝機能・甲状腺機能などの一般血液検査データ、MMSEの各項目からなる34項目の臨床データを使用して、アミロイドPET陽性を予測する機械学習モデルを開発した初めての研究となります。予測モデルの評価指標であるArea Under the Curve(AUC)は、背景データ、一般血液検査データを組み合わせたモデルでは0.70、背景データ、一般血液検査データ、MMSEの各項目を組み合わせたモデルでは0.73であり、一定の予測精度があることが確認されました。
抗Aβ抗体は、ADのより早期の段階で治療を開始することでより大きなベネフィットを得られる可能性が示されており1、脳内のAβ蓄積をより早期に検出することが重要となります。今回開発した機械学習モデルは、日常診療の中で収集可能な臨床データを使用して脳内Aβ蓄積を予測することができるため、かかりつけ医によるADの早期スクリーニングに広く利用可能となることが期待されます。アミロイドPETやCSF検査の要否判断に活用されることで、ADの早期段階での診断や治療開始、ならびに当事者様の経済的および身体的な負担の軽減につながることが期待されます。
【用語解説】
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(注1)MMSE(Mini-Mental State Examination):認知機能を評価するための方法。見当識、記銘、注意・計算、遅延再生、呼称、復唱、理解、読字、書字、図形模写の項目から構成され、30∼0点(正常→重度)の範囲で評価する。
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(注2)アミロイドベータ:アルツハイマー病の原因と考えられるタンパク質であり、発症の約20年前から脳内に蓄積し、老人斑を形成する。
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(注3)アルツハイマー病:認知症の原因として最も頻度の高い疾患であり、老人斑、神経原線維変化、神経細胞死を病理学的特徴とする。
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(注4)アミロイドPET:脳内Aβ蓄積を可視化する脳画像検査である。
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(注5)脳脊髄液検査:脳脊髄液を採取し分析する検査であり、アルツハイマー病のバイオマーカーとしてAβ42、リン酸化タウ、総タウがある。
研究の背景
超高齢化社会を迎えた我が国においては65歳以上の認知症当事者様数は増加傾向にあり、認知症の原因で最も頻度の高いADに対する新たな治療薬の開発は喫緊の課題となっています。ADにおいて、脳内Aβ蓄積は発症に先行して起こる病理学的な出来事です。抗Aβ抗体は、ADのより早期の段階で治療を開始することでより大きなベネフィットを得られる可能性も示されており1、脳内のAβ蓄積をより早期に検出することが重要と考えられます。検出には、アミロイドPETをはじめとするAD診断に有用な画像または体液バイオマーカーが用いられますが、侵襲性やコストに課題があります。
そのため、より簡便なスクリーニングツールとしてこれまで多くの機械学習を用いた脳内Aβ予測モデルが開発されてきましたが、画像データやApoE遺伝子型などの通常の臨床診療では測定されないマーカーが組み込まれていました。本研究は、認知症診療で日常的に収集される当事者様の背景データと一般血液検査データの結果のみを使用して、アミロイドPET陽性を予測する機械学習モデルの開発を試みた初めての研究となります。
研究の成果
2012年9月~2017年11月までの大分大学医学部附属病院受診者のデータ、および2015年10月から2017年11月までの大分県臼杵市で実施した地域在住の認知症ではない65歳以上の高齢者を対象とした前向きコホート研究(USUKI STUDY)のデータを利用しました。軽度認知障害または認知機能正常者の262名(男性136名、女性126名、平均年齢は73.8歳)の年齢・性別・喫煙歴・既往歴(高血圧、脂質異常症、心疾患、脳卒中、糖尿病、甲状腺疾患)などの12項目の当事者背景、腎機能・肝機能・甲状腺機能等の11項目の一般血液検査、11項目のMMSEの各項目を組み合わせて、サポートベクターマシン、Elastic Net、L2正則化ロジスティック回帰の3つの機械学習技術を用いて予測モデルを構築し、その性能を評価しました。L2正則化ロジスティック回帰を用いたときの予測性能について、当事者背景とMMSEの各項目を組み合わせたモデル、または当事者背景と一般血液検査を組み合わせたモデルでは、AUCはいずれも0.70となり、同程度の性能が示されました。また、それらを組み合わせたモデル(当事者背景・一般血液検査・MMSEの各項目)では、AUCは0.73となり、性能が向上しました。さらに、Aβ蓄積の予測に寄与する重要な因子を解析したところ、MMSEの各項目の中の遅延再生と場所の見当識、年齢、甲状腺刺激ホルモン、平均赤血球容積が特定されました。
論文
英文タイトル:Machine learning models for dementia screening to classify brain amyloid positivity on positron emission tomography using blood markers and demographic characteristics: a retrospective observational study
和訳:血液マーカーと人口統計学的特徴を用いてアミロイドPETにおける脳アミロイド陽性を分類する認知症スクリーニングのための機械学習モデル:後ろ向き観察研究
著者名:Noriyuki Kimura(木村 成志:大分大学神経内科), Kotaro Sasaki(佐々木 光太郎:エーザイ), Teruaki Masuda(増田 曜章:大分大学神経内科), Takuya Ataka(安高 拓弥:大分大学神経内科), Mariko Matsumoto(松本 麻莉子:エーザイ), Mika Kitamura (北村 美佳:エーザイ), Yosuke Nakamura (中村 陽介:エーザイ), Etsuro Matsubara (松原 悦朗:大分大学神経内科)
掲載誌:Alzheimer's Research & Therapy
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
【研究に関するお問い合わせ先】
大分大学医学部神経内科学講座 准教授 木村 成志(きむら のりゆき)
TEL:097-586-5814 FAX:097-586-6502
Email:naika3@oita-u.ac.jp
報道関係お問い合わせ先
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H.U.国立大学法人大分大学
総務部総務課広報係
TEL:097-554-7376 -
エーザイ株式会社
PR部
TEL:03-3817-5120
参考文献
- 1. Sperling, R., Selkoe, D., Reyderman, L., Youfang, C., Van Dyck, C. (2024, July 28 - August 1). Does the Current Evidence Base Support Lecanemab Continued Dosing for Early Alzheimer’s Disease? [Perspectives Session] Alzheimer's Association International Conference, Philadelphia, PA, United States.