リストバンド型生体センサを用いた脳内アミロイドベータ蓄積予測モデルの開発

国立大学法人大分大学

エーザイ株式会社

 

 国立大学法人大分大学(以下 大分大学)、エーザイ株式会社(以下 エーザイ)は、このたび、世界で初めてリストバンド型生体センサを用いた脳内のアミロイドベータ(Aβ、注1)蓄積を予測する機械学習モデルを開発したことをお知らせします。本モデルにより、普段の生活において生体データと生活データを収集するだけでアルツハイマー病(AD、注2)の重要な病理である脳内Aβの蓄積に関するスクリーニングが可能になると期待されます。

 なお、この内容は2023年12月12日に査読付学術専門誌であるAlzheimer's Research & Therapy誌オンライン版に掲載されました。

 

 認知症の原因の6割強を占めると言われているADでは、発症の約20年前からAβが脳に溜まり始めるとされています。このため、Aβを標的とした新たな治療薬の開発が進められ、国内においてヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体が承認されました。この治療効果を最大限に引き出すには、発症前の軽度認知障害において脳内のAβ蓄積を検出することが鍵となります。現在、脳内のAβ蓄積は陽電子放出断層撮影(アミロイドPET、注3)や脳脊髄液検査(CSF検査、注4)で検出することができますが、実施できる施設が限られており、高額な検査費用や身体への侵襲性などが課題とされています。このため、アミロイドPETやCSF検査が必要な方を安価で簡便に識別するスクリーニング法の開発が求められています。

 ADの危険因子としては、運動不足、社会的孤立、睡眠障害などの生活習慣や、高血圧、糖尿病、心血管疾患などの病気が知られていますが、これまでに認知機能検査、血液検査、脳画像検査を用いた脳内Aβ蓄積を予測する機械学習モデルの報告しかされておらず、「生体データ」や「生活データ」に着目した初めての研究となります。

 本研究では、リストバンド型生体センサによる身体活動、睡眠、脈拍などの「生体データ」と、問診による家族との同居、就労、外出頻度、移動手段、地域活動への参加などの「生活データ」に年齢、教育歴、飲酒歴、既往歴(高血圧、脳卒中、糖尿病、心疾患、甲状腺疾患)などの「当事者背景」を組み合わせて脳内のアミロイドPET検査による陽性者を予測する機械学習モデルを構築し、その性能を評価しました。その結果、「生体データ」、「生活データ」、「当事者背景」による予測モデルの評価指標であるArea Under the Curve(AUC)は0.79であり、スクリーニングに適した性能と評価されました。今回開発した機械学習モデルは、簡便に利用できる非侵襲的な変数を使用して脳内のAβ蓄積を予測することができます。このため、アミロイドPETやCSF検査へのアクセスが難しい地域在住者の事前スクリーニングとして広く利用することができ、当事者の費用および身体的負担を軽減するとともに、臨床試験の費用の軽減に繋がることが期待されます。

 

【用語解説】

  • (注1)
    アミロイドベータ:アルツハイマー病の原因とみられるタンパク質であり、発症の約20年前から脳内に蓄積し、老人斑を形成する。
  • (注2)
    アルツハイマー病:認知症の原因として最も頻度の高い疾患であり、老人斑、神経原線維変化、神経細胞死を病理学的特徴とする。
  • (注3)
    陽電子放出断層撮影:脳内Aβ蓄積を可視化する脳画像検査である。
  • (注4)
    脳脊髄液検査:脳脊髄液を採取し分析する検査であり、アルツハイマー病のバイオマーカーとしてAβ42、リン酸化タウ、総タウがある。

研究の背景と概要

 超高齢化社会を迎えた我が国においては65歳以上の認知症患者数は増加傾向にあり、認知症の原因で最も頻度の高いADに対する新たな治療薬の開発は喫緊の課題となっています。運動不足、社会的孤立、睡眠障害などの生活習慣や高血圧、糖尿病、心血管疾患などの病気はADの危険因子として知られています。近年、Aβを標的とした薬剤の開発が進み、本年、国内においてヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体が承認されました。この治療効果を最大限に引き出すには、発症前の軽度認知障害において脳内Aβが蓄積した可能性の高い個人を特定することが重要となります。これまでに認知機能検査、血液検査、脳画像検査を用いて脳内のAβ蓄積を予測する機械学習モデルは報告されていますが、生体データや生活データに着目した研究はありません。本研究は、リストバンド型生体センサを用いて収集した活動、睡眠、発話、心拍などの「生体データ」と問診による「生活データ」を用いてアミロイドPET検査陽性者を予測する機械学習モデルを世界で初めて構築する試みです。

 

研究の成果と意義・今後の展開

 2015年8月から2019年9月まで大分県臼杵市で実施した地域在住の認知症ではない65歳以上の高齢者を対象とした前向きコホート研究のデータを利用しました。軽度認知障害または主観的な記憶障害のある122人(男性54人、女性68人、年齢中央値75.50歳)がリストバンド型生体センサを3カ月ごとに約7日間装着し、問診による生活データの収集、アミロイドPET検査(年1回)を3年間施行しました。リストバンド型生体センサによる身体活動、睡眠、脈拍などの「生体データ」と、問診による家族との同居、就労、外出頻度、移動手段、地域活動への参加などの「生活データ」に、年齢、教育歴、飲酒歴、既往歴(高血圧、脳卒中、糖尿病、心疾患、甲状腺疾患)などの当事者背景を組み合わせて、サポートベクターマシン、Elastic Net、ロジスティック回帰の3つの機械学習技術を用いて予測モデルを構築し、その性能を評価しました。例えば、Elastic Netを用いたリストバンド型生体センサによる「生体データ」から構築した予測モデルのAUCは0.70でしたが、「生活データ」と「当事者背景」を追加して構築した予測モデルのAUCは0.79と性能が向上しました。リストバンド型生体センサを用いて収集した活動、睡眠、発話、心拍などの「生体データ」と、問診による「生活データ」および「当事者背景」を用いた、脳内のAβ蓄積を予測する機械学習モデルの構築は世界で初めてとなります。

 さらに、Aβ蓄積の予測に寄与する複数の因子を最先端のアルゴリズムで特定し、3つの機械学習技術で共通した22個の因子を見出しました。具体的には、身体活動、睡眠、心拍数、会話量、年齢、教育期間、子どもとの同居の有無、移動手段、病院への付き添いの有無、コミュニケーションの頻度、外出の回数などが特定されています。

 

論文

英文タイトル:Predicting positron emission tomography brain amyloid positivity using interpretable machine learning models with wearable sensor data and lifestyle factors

和訳:ウェアラブルセンサデータとライフスタイル因子を用いた機械学習モデルによるアミロイドPET陽性の予測

著者名:Noriyuki Kimura(木村 成志:大分大学神経内科)1,2, Tomoki Aota(青田 智来:エーザイ)1, Yasuhiro Aso(麻生 泰弘:大分県立病院), Kenichi Yabuuchi(藪内 健一:大分大学神経内科), Kotaro Sasaki(佐々木 光太郎:エーザイ), Teruaki Masuda(増田 曜章:大分大学神経内科), Atsuko Eguchi(江口 敦子:大分大学神経内科), Yoshitaka Maeda(前田 仁孝:エーザイ), Ken Aoshima (青島 健:エーザイ・筑波大学)2, Etsuro Matsubara (松原 悦朗:大分大学神経内科)

 1 These authors contributed equally to the manuscript.

 2 Corresponding author.

掲載誌:Alzheimer's Research & Therapy

 

※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。

 

【研究に関するお問い合わせ先】

大分大学医学部神経内科学講座 准教授 木村 成志(きむら のりゆき)

TEL:097-586-5814 FAX:097-586-6502

Email:naika3@oita-u.ac.jp

  

本件に関する報道関係お問い合わせ先

  • 国立大学法人大分大学

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  • エーザイ株式会社

    PR部

    TEL:03-3817-5120