「レカネマブ」の潜在的な経済価値について査読学術専門誌Neurology and Therapy誌に掲載シミュレーション・モデルを用いた早期アルツハイマー病当事者様におけるレカネマブの潜在的価値に関する第二報

 エーザイ株式会社(本社:東京都、代表執行役CEO:内藤晴夫)は、このたび、早期アルツハイマー病(AD)当事者様に対する抗アミロイドβ(Aβ)プロトフィブリル抗体レカネマブ(開発品コード:BAN2401)の潜在的な経済価値について、米国における医療費支払者観点および社会的観点から、検証済の疾患シミュレーション・モデル(AD Archimedes Condition Event simulation:AD ACEモデル1,2,3)を用いて推定した初期段階の評価結果が査読学術専門誌Neurology and Therapy誌に掲載されたことをお知らせします。本論文は、2022年4月に同誌に公表したレカネマブの長期的健康アウトカムの評価4に次いでの第二報となります。医療費支払者観点では直接的なケアコスト(外来・入院サービス、介護・在宅医療・サービス、レカネマブの薬剤費を除く投薬、その他介入コストなど)に焦点を当てているのに対し、社会的観点では追加で社会的コスト(家族介護によるインフォーマル・ケアコストおよび生産性損失)を考慮しています(以下、社会的観点に基づく評価)。既報の通り、標準治療(SoC:standard of care)に加えレカネマブ投与を行った群(レカネマブ群)では、SoC群と比較して、疾患の進行がベースラインから軽度へは平均2.51年、中等度へは3.13年、高度へは2.34年遅くなる可能性があります4。本シミュレーションの予備的な結果として、質調整生存年**(QALY:Quality-adjusted life years)が延長するとともに、直接的なケアコストおよびインフォーマルな社会的コストを低減する可能性が示唆されました。さらに、今回用いたAD ACEモデルの枠組みにより、当事者様サブセット、複数の治療中止ルール***、潜在的な投与レジメ、主要な不確実性要因による影響を含む様々なシナリオや感度分析において、レカネマブの潜在的価値を評価することが可能となりました。

 

 当社がレカネマブを脳内にアミロイド病変が確認された早期AD当事者様にお届けすることをめざす上で信頼を確立することが重要であり、そのためにも、このような臨床的・社会経済学的分析を行い、公表してまいります。したがって、このたびの論文公表は、レカネマブの潜在的な臨床的・社会経済的価値に関するステークホルダーズの皆様のご議論のための共通基盤を社会的な観点から提供することを企図しているものであり、現時点でレカネマブの価格を設定することを意図するものではありません。

 

 本シミュレーションは、アミロイド病理を有する早期AD当事者様に対するレカネマブの有効性と安全性を評価した臨床第Ⅱb相試験(201試験)の結果と公表された論文を用いて実施されました。アミロイド病理を有する早期AD当事者様において、レカネマブ群はSoC群と比較して、医療費支払者観点では0.61 QALYsの増加と8,707ドルの総費用(レカネマブの薬剤費を除く)の減少(社会的観点に基づく評価:0.64 QALYs増加、11,214ドル減少)をもたらすと予測されました。また、ICER****(Institute for Clinical and Economic Review)が推奨する1 QALY獲得あたり5万ドルから20万ドルの幅広い支払意思額(willingness to pay)を用いて、レカネマブ群の潜在的な経済価値について複数の推定を行いました。その結果、米国医療制度下におけるレカネマブの潜在的な価値に基づく価格(VBP:value-based price)は、年間9,249ドル~35,605ドル(社会的観点:10,400ドル~38,053ドル)と試算されました。なお、ICERの価値フレームワーク5においては、価値は臨床的効果や直接的なケアコストを基にした費用対効果の指標のみでは導き出すことはできないため、長期的な価値を評価する際には、様々な考慮すべき社会的な要因等によるベネフィットと不利益も価値フレームワークに加えて評価します。特に、社会的負担が直接医療費に比べて大きく、治療法がこれらの費用に与える影響が大きい場合には、幅広い支払意思額の閾値範囲の高い方がより適切であるとしており5、レカネマブにはその高い閾値範囲が適用される可能性があると考えています。

 

 AD当事者様の多くは、そのご家族や友人からインフォーマルなケアを受けています。2021年に米国では、その無報酬の介護の総時間数は160億時間以上、費用は2,716億ドルに相当するとされています6。今回の予測およびシミュレーションの結果は、レカネマブによる早期治療がこれらのコストと経済的な負担を軽減する可能性があることを示唆しています。これは、医療の意思決定者がレカネマブの潜在的な臨床的・社会経済的価値を理解する際の参考となると考えています。検証第Ⅲ相Clarity AD試験から間もなく得られる知見を、このモデルにインプットすることにより、今回の知見をさらに精査する予定です。レカネマブが米国食品医薬品局(FDA)から承認された場合、当社は、このモデリングの枠組みに加え、医療システムの持続可能性、当事者様の購入可能な水準などを十分に考慮して、価値に基づく価格を決定して行くこととなります。

 

 エーザイ株式会社の常務執行役であり、ニューロロジービジネスグループ プレジデント兼グローバルADオフィサーであるIvan Cheungは、「当社の目標は、抗Aβプロトフィブリル抗体レカネマブなどの治療薬を創出し、AD当事者様とそのご家族の憂慮の解消に寄与することです。ADにおいては、医療コストのみならず膨大な社会的コストを考慮した治療法の総体的な価値の評価が重要となります。当社のヒューマンヘルスケア理念、信頼性、透明性に対するコミットメントに基づき、引き続き、レカネマブに関するデータと情報を公表していくとともに、今年の秋にレカネマブの検証第Ⅲ相Clarity AD試験の結果をお知らせすることを楽しみにしています」と述べています。

 

 当社は、FDAの迅速承認制度に基づくレカネマブの早期AD治療薬としての生物学的製剤承認申請の段階的申請を2022年5月に完了しました。レカネマブの早期ADを対象とした臨床第Ⅲ相試験(Clarity AD)が進行中であり、2021年3月に1,795人の被験者登録を完了し、2022年秋に主要評価データを取得する予定です。FDAは、Clarity AD試験の結果について、レカネマブの臨床的有用性の検証試験として評価することに合意しており、当社はClarity AD試験の結果に応じて、2022年度中にフル承認申請を行う予定です。日本においては、2022年3月、早期の承認取得をめざし、医薬品事前評価相談制度に基づいて独立行政法人医薬医療機器総合機構(PMDA)に対して申請データの提出を開始しており、Clarity AD試験の試験結果に基づき、2022年度中の製造販売承認申請を予定しています。欧州においても、Clarity AD試験の試験結果に基づき、2022年度中の承認申請を予定しています。

 

*     生活習慣の改善と症状に対する薬物治療

**   質調整生存年(QALY)は、健康アウトカムの価値を示す指標です。健康は生存年(=量)と生命の質(QOL)の関数であるため、これらの価値を1つの指標数値にまとめる試みとしてQALYが開発されました。1QALYは、完全に健康な状態での1年間に相当します。QOLスコアは、1(完全な健康)から0(死亡)で示されます。例えば、新規治療により生存年が3年延長するとともにQOLが70%向上する場合(QALY=2.1)と既存治療により生存年が3年延長するがQOLは50%しか向上しない場合(QALY=1.5)を比較すると、新規治療のQALY増分は0.6となる(QALY=QOLスコアx生存年)。

*** レカネマブによる1.5年、3年、5年間の固定投与期間後に治療を中止する複数の治療中止ルールをシナリオ分析で検討

**** 処方薬、医療検査、医療機器、医療システムの革新的技術の臨床的・経済的価値に関するエビデンスを評価する米国の非営利研究機関

以上

 

1 Kansal AR, Tafazzoli A, Ishak KJ, Krotneva S. Alzheimer's disease Archimedes condition-event simulator: Development and validation. Alzheimers Dement (NY). 2018;4:76-88. Published 2018 Feb 16. doi:10.1016/j.trci.2018.01.001

2 Tafazzoli and Kansal. Disease simulation in drug development, External validation confirms benefit in decision making. The Evidence Forum. 2018.

https://www.evidera.com/wp-content/uploads/2018/10/07-Disease-Simulation-in-Drug-Development_Fall2018.pdf

3 Tafazzoli A, Weng J, Sutton K, et al. Validating simulated cognition trajectories based on ADNI against 436 trajectories from the National Alzheimer's Coordinating Center (NACC) dataset. 11th edition of Clinical Trials on 437 Alzheimer's Disease (CTAD); Barcelona, Spain: 2018.

4 Tahami Monfared AA, Tafazzoli A, Ye W, Chavan A, Zhang Q. Long-Term Health Outcomes of Lecanemab in Patients with Early Alzheimer’s Disease Using Simulation Modeling. Neurol Ther 11, 863–880 (2022). https://link.springer.com/article/10.1007/s40120-022-00350-y

5 ICER Value Framework 2020-2023. 2022. ICER_2020_2023_VAF_02032022.pdf

6   Alzheimer's Association. 2022 Alzheimer’s Disease Facts and Figures 2022 Available from: alzheimers-facts-and-figures.pdf

 

  

<参考資料> 

  1. 1.  レカネマブ(開発品コード:BAN2401)について

 レカネマブは、BioArctic AB(本社:スウェーデン、以下 バイオアークティック)と当社の共同研究から得られた、可溶性のアミロイドβ(Aβ)凝集体(プロトフィブリル)に対するヒト化モノクローナル抗体です。レカネマブは、アルツハイマー病(AD)を惹起させる因子の一つと考えられている、神経毒性を有するAβプロトフィブリルに選択的に結合して無毒化し、脳内からこれを除去することでADの病態進行を抑制する疾患修飾作用が示唆されています。現在、レカネマブは抗Aβ抗体で唯一漸増投与が不要な早期AD治療薬をめざして開発中です。早期ADを対象とした大規模臨床第Ⅱ相試験(201試験)においては、事前に規定した18カ月投与における解析の結果は、脳内Aβ蓄積量の減少(p<0.0001)とADCOMS*による臨床症状の悪化抑制(p<0.05)を示しました。なお、12カ月投与時における主要評価項目**は達成しませんでした。201試験(コア期間)の後、投与を休止していたギャップ期間(平均24カ月)を経て、レカネマブ10mg/kg bi-weekly投与の安全性と有効性を評価するOpen-Label Extension試験が進行中です。

 現在、201試験の結果に基づき、早期ADを対象とした一本の検証第Ⅲ相Clarity AD試験を実施中です。2020年7月から、臨床症状は正常で、ADのより早期ステージにあたる脳内Aβ蓄積が境界域レベルおよび陽性レベルのプレクリニカルADを対象とした臨床第Ⅲ相試験(AHEAD 3-45試験)を米国のADおよび関連する認知症の学術的臨床試験のための基盤を提供するAlzheimer's Clinical Trials Consortium(ACTC)と共同で行っています。ACTCは、National Institutes of Health、National Institute on Agingによる資金提供を受けています。2022年1月から、セントルイス・ワシントン大学医学部(米国ミズーリ州セントルイス)が主導する優性遺伝アルツハイマーネットワーク試験ユニット(Dominantly Inherited Alzheimer Network Trials Unit、以下 DIAN-TU)が実施する優性遺伝アルツハイマー病(DIAD)に対する臨床試験(Tau NexGen試験)が実施中です。本試験において、レカネマブは抗Aβ療法による基礎療法として選定されました。さらに、レカネマブの皮下注射製剤の臨床第Ⅰ相試験が進行中です。当社は、本抗体について、2007年12月にバイオアークティックとのライセンス契約により、全世界におけるADを対象とした研究・開発・製造・販売に関する権利を取得しています。

 

*  ADCOMS (Alzheimer’s Disease Composite Score):アルツハイマー病コンポジットスコアは、早期ADの変化を感度よく検出することを目的とし、ADAS-cog (Alzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive subscale)、MMSE (Mini-Mental State Examination)、CDR (Clinical Dementia Rating)の3つの臨床評価尺度を組み合わせた当社が開発した評価指標で、ADCOMスケールは0.00から1.97までのスコアがあり、高値ほど障害が大きい

** 投与12カ月時点においてADCOMSによる臨床症状の抑制がプラセボ投与群に対し25%低下する確率が80%以上とする

 

  1. 2.  レカネマブの潜在的な価値に基づく価格(VBP:value-based price)の計算について

 年間の価値に基づく価格(VBP)の近似値は、以下の計算式で求められます。下記の事例は20万ドルの支払意思額が用いられた想定による試算となります。異なる支払意思額では異なる試算となります。

 例えば、社会的観点に基づく評価によるVBPは、支払意思額が20万ドルの場合は、{(20万ドルx0.64)+11,214ドル}/〔3.77年* x {1 /(1+3%**)}〕=38,035ドルとなります。なお、論文の数値との若干の相違は、主に治療費に適用される時間経過に伴うコストの割引によるものです。

*   シミュレーションで算出されたレカネマブの推定平均投与期間 3.77年

**  割引とは、医療介入の将来のコストとアウトカムを現在の価値に調整する数学的手法であり、本質的に、健康上の利益(アウトカム)と比較してコスト(支出)のタイミングの違いを調整することを意味します。20万ドルの支払意思額におけるVBPの推定に際しては、3%の割引率が適用されました。

  

3.  レカネマブの早期AD当事者様に対する長期的健康アウトカムについて

 2022年4月に査読学術専門誌 Neurology and Therapy 誌に、早期AD当事者様に対するレカネマブ治療による長期的な健康アウトカムへの影響をシミュレーション評価した結果が掲載されました。本研究では、レカネマブの臨床第Ⅱb 相試験(201 試験)の結果に基づいて、早期 AD 当事者様において、標準治療(Standard of Care:SoC)に加えレカネマブ投与を行った群(レカネマブ群)と SoC 治療のみの群(SoC 群)の長期的臨床アウトカムについて疾患シミュレーション・モデル(AD ACE モデル)を用いて比較しました。その結果、レカネマブ群では、SoC 群と比較し、ベースラインから軽度、中等度、高度 AD への病態進行の推定生涯リスクがそれぞれ 7%、13%、10%減少する可能性が示されました。本モデルにおいて、ベースラインから病態が進行するまでの平均期間は、レカネマブ群では、SoC 群と比較して、軽度への進行は 2.51 年(SoC 群 vs.レカネマブ群:3.10 年 vs. 5.61 年)、中等度への進行は 3.13 年(同:6.14 年 vs. 9.27 年)、高度への進行は 2.34 年(同:9.07 年 vs. 11.41 年)遅延することが推定され、また、施設入所の生涯確率が31%から25%へと低くなることも予測されました。また、ベースライン時の年齢や病態の進行度別のサブグループ解析を行った結果、より早期にレカネマブによる治療を開始するほうが、病態進行に与える影響がより大きい可能性があることが明らかになりました。本サブグループ解析において、MCIの段階で投与を開始した場合に病態が進行する平均時間は、レカネマブ群では SoC 群と比較して、軽度への進行が 2.53 年、中等度への進行は 3.34 年長くなりました。これらの結果、レカネマブによる治療が AD の病態進行を遅らせ、当事者様を早期 ADといった早期段階により長くとどめる可能性があることが推定されました。

 

4.  エーザイとバイオジェンによるAD領域の提携について

 エーザイとバイオジェンは、AD治療剤の共同開発・共同販売に関する提携を2014年から行っています。レカネマブについて、エーザイは、開発および薬事申請をグローバルに主導し、エーザイの最終意思決定権のもとで、エーザイとバイオジェンが共同商業化・共同販促を行います。

 

5.  エーザイとバイオアークティックによるAD領域の提携について

 2005年以来、エーザイとバイオアークティックはAD治療薬の開発と商業化に関して長期的な協力関係を築いてきました。エーザイは、レカネマブについて、2007年12月にバイオアークティックとのライセンス契約により、全世界におけるADを対象とした研究・開発・製造・販売に関する権利を取得しています。2015年5月にレカネマブのバックアップ抗体の開発・商業化契約を締結しました。