iPS細胞を用いたパーキンソン病に対する治療薬候補物質を発見神経変性疾患治療薬開発に向けた新たな手法確立への道を開く

慶應義塾大学医学部

エーザイ株式会社

 

 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、神山淳准教授らとエーザイ株式会社(代表執行役CEO:内藤晴夫、以下、エーザイ)の研究グループを中心とする共同研究グループは、遺伝性パーキンソン病患者由来iPS細胞から分化誘導したドーパミン作動性ニューロンを用いて、パーキンソン病治療につながることが期待される化合物を同定しました。

 本研究グループはパーキンソン病に対する治療薬開発を目指し、本研究グループが樹立した遺伝性パーキンソン病患者由来のiPS細胞から誘導した神経前駆細胞を利用し、ドーパミン作動性ニューロンを大量かつ安定的に供給可能な分化誘導系を確立しました。さらに、パーキンソン病患者由来ドーパミン作動性ニューロンに見られるストレスに対する脆弱性を指標として既存薬ライブラリーを用いたスクリーニングを実施し、カルシウムチャネルに対する阻害作用を有する化合物を見出しました。本研究グループはさらに詳細な解析を行い、患者由来ドーパミン作動性ニューロンではT型カルシウムチャネルの発現が上昇していることを見出しました。また、このT型カルシウムチャネルを介したカルシウム流入を阻害することでストレスにより誘発されるニューロンの細胞死を抑制できることを明らかにしました。

 今回の成果により、疾患特異的iPS細胞と既存薬ライブラリーを組み合わせることで治療薬開発と病態解明の両方が可能となることが示唆されました。同様の手法を用いることで従来治療法のなかった神経変性疾患に対しても治療薬の開発に結びつくことが期待されます。

 本研究成果は2018年10月18日正午(米国東部時間)に「Stem Cell Reports」のオンライン版に掲載されました。

 

1. 研究の背景と概要

 パーキンソン病はアルツハイマー病の次に多い進行性の神経変性疾患であり、中脳黒質のドーパミンを産生する神経細胞(ドーパミン作動性ニューロン)の脱落により手足のふるえやこわばり、動作の緩慢、姿勢の不安定性などの運動症状や自律神経障害が引き起こされます。パーキンソン病の患者さんの90%は突発的に発症する孤発性パーキンソン病で、発症には環境要因を含めたさまざまな要因が関係するために発症メカニズムの解明は困難でした。しかし、約10%の患者さんは遺伝的要因が発症に関係することが分かっていることから、遺伝性パーキンソン病の発症メカニズムの解明は孤発性も含めたパーキンソン病の病態解明や治療法開発にも繋がる可能性があります。

 2006年に京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞技術を利用することで、従来研究することが困難であった疾患に対しても、大きく研究が進展しました。慶應義塾大学医学部では2012年に日本国内の研究施設では初めて遺伝性パーキンソン病の患者さんからiPS細胞を作製し、病態メカニズムを再現することに成功しています。神経変性疾患に対する研究は現在国内外を通じて精力的に行われており、病態解明および新規治療法開発が期待されています。

 2013年4月より慶應義塾大学医学部とエーザイは「iPS細胞技術を用いた難治性神経疾患に対する革新的創薬プロジェクト」を開始し、慶應義塾大学医学部が有するiPS細胞および関連技術とエーザイの創薬技術を駆使し、産学連携での創薬開発プロジェクトを進めてきました。本研究では、パーキンソン病患者由来iPS細胞を用いて、パーキンソン病の患者において障害されると考えられているドーパミン作動性ニューロンを効率的かつ簡便に作製し、創薬スクリーニングを実施できる実験系を構築しました。そこで慶應義塾大学医学部が保有する1000種類以上からなる既存薬ライブラリーを用いて、パーキンソン病患者由来ドーパミン作動性ニューロンに見られる異常を減弱させる化合物を探索しました。

 

2. 研究の成果と意義・今後の展開

 本研究では2名の遺伝性パーキンソン病(PARK2)患者由来のiPS細胞から誘導した神経前駆細胞を利用し、ドーパミン作動性ニューロンを効率的に作製しました。患者由来ドーパミン作動性神経細胞群では、健常者由来神経細胞群に比べて突起長の短縮、酸化ストレスおよび神経細胞死の増大が観察されました。そして、これらの異常は健常者由来iPS細胞に人工的にPARK2変異を組み込んだPARK2欠損iPS細胞由来ドーパミン作動性ニューロンでも観察されることが明らかとなりました。

 また、患者由来ドーパミン作動性ニューロンはミトコンドリア中の電子伝達系を阻害する薬剤に高い感受性を示したことから、このストレスに対する脆弱性を指標として既存薬ライブラリーを評価しました。その結果、ストレスで誘発された神経細胞死を抑制する複数の化合物が同定されました。ヒットした化合物を精査した結果、T型カルシウムチャネル阻害作用を有する化合物に細胞死抑制効果があることがわかりました。さらに、この化合物はPARK2とは異なる遺伝子異常を有するパーキンソン病(PARK6)患者由来ドーパミン作動性ニューロンを用いた検討でも同様の細胞死抑制効果を示しました。

 研究グループはさらに詳細な解析を行い、PARK2患者由来ドーパミン作動性ニューロンではT型カルシウムチャネルの発現が上昇することが明らかとなりました。また、T型カルシウムチャネルによるカルシウム流入を阻害することでパーキンソン病患者由来ドーパミン作動性ニューロンの細胞死を抑制できることが明らかとなりました。

 これらの成果から、患者由来iPS細胞を活用することで臨床像をより反映した病態モデル構築が可能であり、さらに既存薬ライブラリーと組み合わせることで治療薬のスクリーニングにおいても有効であることが示されました。この手法により病態解明が進むことでパーキンソン病の根本的な治療法開発への応用に結びつくことが期待されます。今後、本研究を継続するとともに、得られた知見をさらに発展させ、神経細胞とグリア細胞の共培養など、より脳内環境に近い実験系を用いて、T型カルシウムチャネルのパーキンソン病治療標的としての妥当性を検証してまいります。

 

3.特記事項

 本研究は、JSPS 科研費 JP16K15240、JP26713047、AMEDの課題番号【JP17bk0104016h0005】、【JP15bk0104009h0003】、エーザイ株式会社との共同研究の支援を受けて行われました。

 

4.論文

英文タイトル:
  

T-type calcium channels determine the vulnerability of dopaminergic neurons to mitochondrial stress in familial Parkinson’s disease

タイトル和訳: T型カルシウムチャネルが家族性パーキンソン病においてドーパミン作動性ニューロンのミトコンドリアストレスに対する脆弱性を決定する
著者名   : 田端 芳邦、今泉 陽一、菅原 道子、野田(安藤)友子、坂野 聡重、チャイ ムーチー、曽根 岳史、山崎 一斗、伊藤 昌史、塚原 克平、佐谷 秀行、服部 信孝、神山 淳、岡野 栄之
掲載誌   : Stem Cell Reports

【用語解説】

(注1) iPS細胞:皮膚組織などの体細胞に特定の転写因子を導入することにより作製された、自己増殖能と体のあらゆる組織や細胞への分化能を有する細胞です。
(注2) 神経前駆細胞:ニューロン(神経細胞)もしくはグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)へと分化する能力を有する細胞です。
(注3) T型カルシウムチャネル:細胞外から細胞内へカルシウムイオンを選択的に透過させるイオンチャネル(細胞膜に存在するタンパク質)の一つです。
(注4) PARK2(parkin):日本に比較的多い遺伝性パーキンソン病です。PARK2遺伝子の変異により若年発症を引き起こすことが知られています。
(注5) PARK6(PINK1):PARK2に次いで多い常染色体劣性遺伝性パーキンソン病です。

 

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    慶應義塾大学医学部生理学教室
    教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
    准教授 神山 淳(こうやま じゅん)
    TEL : 03-5363-3747
    FAX : 03-3357-5445
    E-mail : hidokano@a2.keio.jp
    E-mail : jkohyama@a7.keio.jp
    http://www.okano-lab.com



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