パートナーとの信頼関係がNTDs治療薬開発のカギを握る―DNDi Japan工月達郎さん

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2023年1月27日掲載

デング熱、フィラリア感染症、狂犬病。日本でも耳にするこれらの疾患は、世界から関心が向けられず十分な対策がとられてこなかったことから「顧みられない熱帯病」(通称、NTDs)と呼ばれています。

NTDsに苦しむ人びとのために、安全で有効かつ入手可能な価格の治療薬・治療法を開発する非営利の研究開発組織として、2003年にDNDi(顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ)がスイスで設立されました。DNDiは、これまで12種類の治療薬・治療法を開発し、何百万人もの命を救っています。

エーザイとDNDiは、2009年にシャーガス病の新薬開発に関する提携およびライセンス契約を締結しました。その後、マイセトーマを含むその他の熱帯病についても協働し、2021年には長期パートナーシップ契約を結んでいます。

今回は、DNDi の日本事務所(DNDi Japan)の工月達郎さんに同団体の概要をはじめ、エーザイとの提携に寄せる想いについて伺いました。

NTDsの治療薬開発 非営利研究開発組織「DNDi」とは

DNDiの立ち上げ経緯や活動内容を教えてください。

DNDiは、国境なき医師団とその他の6つの組織によって、スイスのジュネーブで設立された非営利の研究組織です。 

国境なき医師団は主に紛争や災害時の人道援助を行っていますが、活動する貧困地域において放置されている風土病が多数あるのを目にしてきました。そうした顧みられない患者のために治療薬を開発できないかと考え、DNDiが誕生したのです。

DNDi Japanの工月達郎さん

治療薬の開発は、一般的に研究機関や製薬会社などが主体となります。開発には膨大な費用と年月がかかるため、これまでは「収益が見込める薬=高所得国でニーズがある薬」の開発が優先され、低・中所得国のニーズは後回しになっていました。

この状況を打破するきっかけとなったのが、日本で誕生したGHIT Fund(グローバルヘルス技術振興基金)などの投資組織の登場ではないかと思います。外部から資金を調達することで、新薬開発への投資リスクを分散することが可能となりました。

DNDiは顧みられない病気の専門家とのネットワークを有し、製薬企業と役割分担をして創薬に取り組める環境を作っています。いまではDNDiが全世界で実施している創薬段階のプロジェクトに、日本のパートナーが多く参加するようになりました。

人の命を救うことができた経験が、NTDs治療薬開発に繋がる底流になっている

工月さんは、DNDi Japanでどのような業務を担当されているのでしょうか?

私の職名は「R&Dリエゾン」であり、リエゾンというのは繋ぎ役、橋渡し役という意味です。スイスのDNDi本部と日本のパートナーとのコミュニケーションを円滑にするのが私の役目です。

現在につながる工月さんのご経験を教えてください。

製薬会社で研究・開発からライセンス、生産、マーケットまで幅広い仕事に関わりました。その中でも臨床開発はとてもやりがいのある仕事でした。一例ですが、抗感染症薬は効果が一目瞭然で、効くと服用して2〜3 日で見違えるように元気になります。自分が開発に関与した薬で人の命を救うことができた経験が、いまになって思えばNTDsの治療薬開発に繋がる底流なのだと感じています。

人それぞれ人生におけるモチベーションは異なると思いますが、私は他人から感謝されることや他人の役に立っていることを実感できる仕事に大きな喜びを感じます。DNDi Japanはまさに私の求めていた仕事だと感じ、早期退職した後に縁あって仲間に加わりました。

新薬開発を成功に導くためには、信頼関係を積み重ねコミュニケーションを取ることが大切

R&Dリエゾンとして国境を越えた新薬開発プロジェクトに携わる中で、苦労したことは何でしょうか。

そこでの苦労は言葉とコンテクスト(文化的理解)の違いです。

本部との連絡は英語を使っていますが、スイスも日本も非英語圏なので、コミュニケーションを取るうちに認識の違いが生まれてしまうことがあります。それ以上に、日本の文化的な背景による違いを相手が理解しない、もしくはできないことによって問題が発生することも多々ありました。

特に両者に譲れない点がある交渉をまとめるには、パートナーとの信頼関係がすべてといっても過言ではありません。私がDNDi側ではなく日本のパートナー側の立場に立って対応することで、両者が納得する協働内容を探っています。

これまで多くの国内パートナーと協働されていますが、NTDs研究開発の分野における日本の存在感について教えてください。

NTDsの研究開発は、歴史的な背景もありヨーロッパの存在感が極めて強いのですが、日本も抗菌薬など感染症領域の創薬を得意としてきました。新しい薬を開発する際には、まず「良い種」と呼ばれる化学物質を見つけることが重要です。日本が特に誇れるのは、自然の微生物や植物から多くの優れた種を見出して、医薬品を開発してきた実績です。DNDiの中でもこの「創薬」と呼ばれる分野では、日本が大きな貢献をしています。

またここ数年、DNDiのプロジェクト・オブ・ザ・イヤーに、日本が大きく関与しているプロジェクトが連続して選ばれています。数年の内に、日本発の医薬品が感染地域で実際に使用されることを目の当たりにする日が来るのではないかととても楽しみです。

エーザイと共に薬の開発だけでなくデータの活用、遠隔治療も進めたい。

DNDiとエーザイが連携して行ってきた、これまでの取り組みについて教えてください。

エーザイとは、創薬段階においてリーシュマニア症シャーガス病といった寄生虫病の病原微生物に対する薬の「種」を探すプロジェクトを実施してきました。

リーシュマニア症に関しては、「DNDI-6174」という化合物が、順調にいけば2023年には第一相臨床試験に入る予定です。また、エーザイをはじめ国内外の製薬会社8社で実施している共同プロジェクト「Drug Discovery Booster」で見出された化合物が現在、前臨床段階にあります。

また、カビの一種である真菌が体内に入り、皮膚の下に醜い塊を作るマイセトーマと呼ばれるNTDの臨床試験も共同で行っています。真菌性マイセトーマの治療薬ホスラブコナゾール(E1224)に対する臨床第二相試験は、間もなく結果が明らかになります。良い結果が得られた場合には、一刻も早く患者様にこの薬を届けるための方策について、スーダンの薬事規制当局と相談する予定です。

両者がタッグを組むことの意義や目指す未来についてどのように感じていますか?

エーザイとDNDiの提携関係を発展させ、さらに組織間の相互信頼を深めるため、ぜひとも人材の交流をして欲しいと思っています。小さいながらも、創薬、前臨床、臨床、統計解析、化学・製造・品質管理(CMC)、アクセスなど、幅広い分野で世界を舞台に経験を積んでいただける環境、逆に言うとエーザイのノウハウを求めている環境がDNDiにはあると思います。

また、研究開発だけでなくデータの活用、遠隔治療についても、一緒に可能性を探りたいと考えています。アフリカに住む方々は家に固定電話を持っていなくても携帯電話は持っているので、スマホで撮影した患部の写真を専門家に送って診断してもらうような仕組みも作っていきたいと思っています。

その先に見えるのは、治療可能な感染症で人々が命を落とすことの無い社会であり、究極的には、新しい感染症が起こってもその地域で対処することが可能な、強靭な保健システムの構築ではないでしょうか。近いうちにスーダンで、真菌性マイセトーマの治療薬「E1224」が承認され、上に述べた歩みの第一歩になることを祈念して止みません。どうやって患者に届けていくかを協議していきたいです。

タッグを組むからこそ実現できた、顧みられない病気の治療薬開発

顧みられない病気に焦点を当てるためには、一企業だけでなくさまざまな政府や国連組織、投資家や非営利団体等が協力していく必要があります。さらにこれらの問題を解決するためには、各パートナーが同じ方向に向かい、コミュニケーションを取ることが大切です。

今後もエーザイはセクターを超えたパートナーとともに、NTDsの問題解決に努めてまいります。
 

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