グローバルヘルス分野での社会善の実現

エーザイにとってグローバルヘルスは、認知症、がん領域と並ぶ第三の疾患領域と位置付けられています。「人々の健康憂慮の解消」と「医療較差の是正」という社会善を効率的に実現するため、グローバルヘルスの課題の一つである、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs)やマラリアの制圧をめざして取り組みを進めています。

グローバルヘルスとは

グローバルヘルスとは、地球規模での健康課題を学際的アプローチで解決しようとする取り組みです。感染症パンデミック、経済格差の伸長による健康格差の拡大、地球温暖化の健康への影響、少子高齢化など、国境や地域、年齢の壁を越えた地球規模で複雑に絡み合った課題の解決には、医学、看護学、公衆衛生、疫学、経済学、政治学、社会学などの複合的な学問領域による解決が必要となります1。グローバルヘルスは、人々の健康に直接関わるのみならず、国家の平和と繁栄にも影響を及ぼし、さらには、人類社会と地球との共存という視座からも、国際社会の重要課題の一つとされています2

グローバルヘルス課題の一つが、NTDsです。NTDsは、世界保健機関(WHO)が指定する21の疾患のことであり、未だ世界中で16億人が予防や治療を必要としています3。 WHOはNTDs制圧に向けたロードマップ(2021ー2030)を策定しており、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標3(すべての人に健康と福祉を)のターゲット3.3にもNTDs制圧が記載されています。世界銀行は、NTDsは全体で、2012年に約2,200万の障害調整生命年(DALY)に達し、結核やマラリアと同等の規模で、重大かつ不公平に分布した世界的な疾病負担を占めていると報告しました。さらに、3米ドルのNTDs制圧への介入で1DALYが回避できると試算しています4

エーザイのリンパ系フィラリア症(LF)への取り組み

エーザイは、NTDsのひとつであるリンパ系フィラリア症(LF)制圧に取り組んでいます。蚊が媒体する感染症で、途上国を中心に世界で約8.8億人が感染リスクにさらされていると言われています5。エーザイは、WHOとLF治療薬の「ジエチルカルバマジン(DEC)錠」の無償提供に関する共同声明文に2010年に調印し、2013年から無償提供を開始しました。WHOはLF制圧に向け、蔓延国で治療薬の集団投与を行っています。当時、集団投薬に用いられる3種類の治療薬のうち、DEC錠は世界的に供給不足状態で、制圧に向けた大きな障害となっていました。

エーザイは、2012年に、グローバル大手製薬会社12社、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、WHO、米国・英国政府、世界銀行、蔓延国政府とともに、NTDsの制圧に向けて共闘する国際官民パートナーシップである「ロンドン宣言」に参画し、その後継である「キガリ宣言」において、WHOによる「NTDsロードマップ(2021-2030)」の達成に向けて、DEC錠の無償提供を含むNTDs制圧支援を継続することを2022年に表明しています。

LF制圧のためには、治療薬の提供のみならず、疾患啓発、薬のデリバリー、集団投与の実施、診断薬の提供、蚊の幼虫駆除や排水溝設置などの環境整備といった包括的な取り組みが必要とされ、WHOや蔓延国政府、現地のヘルスケアワーカーなど多くのパートナーの協力が必要不可欠です。エーザイでは、LF蔓延国にある拠点を中心に、世界8カ国の現地法人の社員から、LF制圧活動計画を策定・実行する責任者「DECマネージャー」を任命しています。DECマネージャーは現地の視点で、各国政府のLF担当者や現地関係者と早期制圧の実現に向けてどのような貢献ができるのかを議論し、協力して活動に取り組んでいます。

また、エーザイは、蔓延国政府関係者らが参加するWHO主催の国際会議や、製薬企業が参加するビル&メリンダ・ゲイツ財団主催の国際会議での議論、ESG投資家との対話により、マテリアリティ設定における外部ステークホルダーの重要度把握にも努めています。

 

LFへの取り組みによる社会的インパクトの算出

LF制圧に向けた集団投与によって、どのような社会的インパクトが創出されるのか、下記方法で算出を行っています。

1)アウトプット2)アウトカム3)インパクト
DEC錠の投与により恩恵を受けた人数 ①LF感染を回避することができた人数、無症候性から疾患症状への進行を抑制できた人数、疾患症状を呈する方でも急性発作頻度や慢性症状が改善された人数 (年間回復労働日数 x 最低賃金+医療費削減) x 平均余命

1)アウトプット

当社のDEC錠を含む治療薬の投与によりLF感染リスクが減った人数をアウトプットとしています。WHOは、LF制圧に向けて、蔓延地域の住人を集め、年1回の治療薬の集団投与を行っています。WHOは、地域の住人数や投与を受けた人数などのデータを収集し、毎年国別データとして開示しています6。WHOのLF治療ガイドラインによると、DEC錠とGSKのアルベンダゾールを投与した場合には5回の集団投薬で、2剤に加えてMSDのイベルメクチンを投与した場合には2回の集団投与で効果が期待されると言われています7。投与を受けた人数と、集団投与回数を考慮し、DEC錠の投与により恩恵を受けた人数を算出しました。

 

2)アウトカム

LFに対する治療薬の集団投与に関する効果が論文化されており、リスクに晒されている人々の10%がLF感染を回避し、感染しているが無症状の方のうち50%が疾患状態の進行を抑制し、すでに疾患症状を呈する方でも急性発作頻度や慢性症状が改善されることが報告されています8

この論文をもとに、DEC錠の投与により恩恵を受けた人数のうち、①LF感染を回避することができた人数、②無症候性から疾患症状への進行を抑制できた人数、③疾患症状を呈する方でも急性発作頻度や慢性症状が改善された人数を計算しました。

 

3)インパクト

①~③の方々について、「感染回避、発作頻度や症状改善により回復された年間の労働日数」に「各国最低賃金」を掛け合わせ、医療費削減を足したものに、平均余命を掛け合わせたものを、生涯のインパクトとして計算しました9

 

エーザイのマイセトーマに関する取り組み

マイセトーマは皮膚から感染し、放置すると手足などに巨大な腫瘤を生じるNTDsです。感染経路や罹患者数などの基本的情報が不足し、治療法も限られていることから最も顧みられない熱帯病のひとつといわれています。

当社は、マイセトーマ患者対象試験による世界初のマイセトーマ治療薬の創出をめざし、蔓延国のひとつであるスーダンで、Mycetoma Research Centre、Drugs for Neglected Diseases initiative(DNDi)およびグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)と協力し、自社創製の抗真菌剤ホスラブコナゾール(E1224)の臨床試験を実施し、今後の承認申請のプロセスについてスーダンの規制当局と協議を行っています。並行して、新規治療薬を効率的に多くの患者様にお届けするためのアクセスプランの策定に向けて、スーダン国内外のステークホルダーと対話を行っています。

新薬開発に関する取り組み

シャーガス病などのNTDsや、三大感染症のマラリアと結核に対する新薬創出に取り組んでいます。熱帯病制圧をめざすGHIT Fundをはじめとする国内外の基金から助成を受け、ブロード研究所などの世界トップレベルのアカデミアや研究機関、DNDiなどの非営利研究開発団体との協働により、優れたアイデアや最先端技術、現地の臨床開発経験、ノウハウなどを結集して、創薬プロジェクトを進めています。