マイセトーマ制圧に向けた紛争下での治験薬輸送輸送完了までの、多くの関係者の想いが集まった1年半の取り組み

2025年12月23日掲載

マイセトーマは、世界保健機関(WHO)が指定している「顧みられない熱帯病」の一つです。小さな外傷やトゲなどによる刺し傷から原因菌とされる細菌あるいは真菌が侵入することから感染すると言われています。皮下の病巣が徐々に大きくなり、未治療のまま放置すると強い痛みや外観の変形を生じ、進行例では患部の切除や手足の切断が必要になる場合もあります。患者様の多くは農業や牧畜で生計を立てていますが、症状や外科的治療によって働けなくなったり、社会的差別を受けることで、貧困と疾患の負の連鎖から抜け出せない状態に陥っています。

最大の蔓延国のひとつであるスーダンでは一刻も早い治療薬の開発と普及が望まれていますが、貧困、文化的背景、紛争などの要因により様々な困難に直面しています。今回は、紛争の中のスーダンへの治験薬の輸送に尽力した、当社筑波研究所の真木憲次氏にインタビューをしました。

真木憲次氏
筑波研究所  PST  プランニング&コーディネーション部

2014年、当社創製の抗真菌剤ホスラブコナゾール(E1224)がマイセトーマの主要な原因菌に対し強い抗真菌活性を有することが報告されたことから、エーザイは、2017年から開発パートナーのDrugs for Neglected Diseases initiative (DNDi)、スーダンのマイセトーマリサーチセンター(Mycetoma Research Centre: MRC)とともに、本剤のマイセトーマ治療薬としての開発を進めてきました。公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)等の助成を受け、スーダンでホスラブコナゾールのフェーズⅡ試験を実施しました。

本臨床試験は2022年に完了しましたが、その後ホスラブコナゾールがスーダンで新薬として承認されるまでの間、患者様が本剤にアクセスできなくなってしまう事態を解消すべく、早期アクセス試験による治験薬の提供が計画されました。これを受けて、エーザイは、2023年9月から治験薬の製造を開始し、2024年3月に出荷準備を整えました。

しかし、2023年4月以降、スーダンでは首都ハルツームを含む広い地域において軍事衝突が発生しました。

紛争によって情報がなかなか手に入らない中での輸送ルートの模索

2023年4月の軍事衝突以降、日本では現地の情報を得ることが難しい状況となりました。2023年11月には、治験薬の輸送先であったハルツームの空港が閉鎖されていることを確認し、製剤研究部で輸出入を担当する小口 善弘氏と新たな輸送ルート確保の調整を開始しました。その後、スーダンの東側に位置するポートスーダン空港を経由した輸入であれば安全な輸送が可能との情報を入手し、ポートスーダンから陸路でハルツームのMRCに輸送するルートの検討を進めました。しかし、この時点でいずれの業者もスーダン国内の輸送には対応できていない状況で、さらにスーダン国内や空港の稼働状況も把握できず、手探りの状況が何カ月にもわたり続きました。輸送調整を開始した当初には予想できないような大変難しい状況でした。

様々な国々への物流ノウハウを有するエーザイにとっても今回は特別なケースでした。

スーダンで実施されたフェーズⅡ試験用の治験薬の輸送経験は、あくまで平時のものであり、紛争下での輸送ルート検討の参考にはなりませんでした。MRCのAhmed Fahal教授、DNDi、在スーダン日本大使館、アラビア語が話せるサウジアラビア販社のエーザイ社員、スーダンの薬事エージェントなど多くの方々の協力により、ポートスーダンに就航している航空会社とその関係企業などの複数の情報を得ることができました。日本から、近隣国のエジプト、エチオピア、サウジアラビア等を経由して発送することを検討しましたが、いずれの経由地からもポートスーダン行きフライトの貨物スペースが確保できませんでした。救援物資の輸送が優先され、我々の治験薬の貨物スペースを確保できない状況だったのではないかと推測します。そのような状況では、仮に経由地まで送っても、そこでの取り置きや返送のリスクがあり、治験薬の品質確保を考慮すると安易に発送することはできませんでした。また、日本からポートスーダンまでの輸送ルート自体は存在していたものの、その運行状況は不安定であり、段ボール一箱分であっても貨物スペースの予約ができず、数カ月にわたって発送ができない状態が続きました。

輸送ルートの確保を模索する中、想定外のネックとなったのは、貨物に添付する温度記録計に含まれるリチウムイオン電池。これにより輸送受け付けが不可となりました。

その後、ポートスーダンに就航し、貨物スペースの確保が可能と思われる航空会社が見つかりましたが、発送準備中に「リチウム電池を含む温度記録計が同梱されていることから、スーダンへの航空便に積載することができない」という連絡を受けました。医薬品は、輸送中も含めて品質管理のため温度を一定の範囲内に留める必要があり、それを保証するために温度記録計を同梱します。通常であれば、リチウム電池を含む温度記録計も適切な申請を行うことで問題となることはありませんが、政治情勢が不安定な状況においては、想定していない課題が生じることを痛感しました。

また、当初ハルツームのMRCにおいてアクセス試験実施が予定されていましたが、紛争の激しい地域を避ける必要があり、ジャジーラ、続いてワード・オンサ、更には東部のカッサラへと変更を余儀なくされました。その度に輸入許可申請が必要になり、スーダン国内の輸送ルートはなかなか決まりませんでした。万策尽きたと思われた頃、DNDiの創設団体の一つである国境なき医師団(MSF)のサポートを受けられそうだという転機が生じました。その後、MSF東アフリカと連携している物流会社の協力により、ケニア経由でポートスーダンまでのフライトルートと貨物スペース確保に目処が立ち、2025年4月、やっとのことで日本から治験薬を発送することができました。関係者が諦めずに知恵を絞り続けた、執念の結晶だったと思います。

日本からポートスーダンに向けて治験薬発送。いよいよ患者様の手に届けられると思ったら。

日本からポートスーダンに向けて治験薬を発送した矢先の2025年5月、ポートスーダン空港が爆撃を受けたとの知らせが、白煙立ち込める写真とともに届きました。まずは現地関係者の無事を確認しましたが、その時は我々の治験薬も被害に遭ったと考え、さすがにもうダメだと思いました。しかし実は、我々の治験薬はケニア到着後に、当初予定されていたポートスーダン向けの飛行機の貨物スペースが確保できずに輸送が一度延期され、爆撃の被害を免れていました。貨物がケニアに適切に保管されていることを確認でき、日本への返送を検討していたところ、国境なき医師団から「人道支援物資輸送のためポートスーダンの空港が再開されたタイミングで、貨物スペースに空きがあり、治験薬を乗せることができた。今ポートスーダンに向かっている」との連絡が入りました。

その後、ポートスーダン到着の確認はされたものの、変則的なルートを経たことや、治験薬として通常の医薬品とは異なるラベル表示がされていたことなどから、税関における厳しいチェックを受けました。現地関係者と連携し、追加の情報や文書をタイムリーに提供しましたが、通関には2週間ほどを要し、なかなか安心できる状況にはなりませんでした。

護衛付きの治験薬が遂に陸路輸送を完了。

通関が完了したとの報告を受け、あとは国内輸送が無事に完了することを祈りました。カッサラのアクセス試験施設までの国内輸送は陸路で、砂漠の中の600kmの道のりです。当局指示で護衛を付けるなど、やはり平時では想定できない対応が必要となりましたが、カッサラまでの陸路輸送が完了し、試験サイトのスタッフが治験薬と一緒に写った写真を見たときは感無量でした。物理的に離れているので、かないませんでしたが、関係者と手を取り合って喜びたい気持ちでした。輸送の検討を始めてから実に1年半近くの月日を経て、ようやく治験薬が現地に届いたのです。

プロジェクトリードの中野 今日子氏 (サステナビリティ部)とともに。

今回の日本からスーダンへの輸送経験が今後のスタンダードケースになるかといえば、そうではありませんが、様々な関係者が団結し、困難を乗り越えて治験薬の到着というゴールにたどり着いた経験は今後にも活かせると考えます。
紛争を含め、今後どのようなことが起ころうと、そこで患者様がエーザイの薬を待つ限り、我々は品質に自信を持った薬を安全にお届けできるよう全力を尽くしてまいります。今回の輸送はそのような想いを共有する多くの人々の執念の結晶だと改めて思います。
 

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マイセトーマへの取り組み
マイセトーマ制圧をめざした新薬創出への想いを語る

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