DEC錠無償提供開始からの10年間を振り返るパートナーとの信頼関係で挑んだ平坦ではない道のりを担当者が語る

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2024年3月27日掲載

エーザイは、ヒューマン・ヘルスケア(hhc)理念のもと、「人々の健康憂慮の解消」や「医療較差の是正」という社会善を効率的に実現することをめざしています。当社が注力する社会善の一つに、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット(3.3)である「顧みられない熱帯病(NTDs)」の制圧があります。エーザイは、リンパ系フィラリア症(LF)制圧に向けて、2010年に、世界保健機関(WHO)とLF治療薬のジエチルカルバマジン(DEC)錠の無償提供に関する共同声明文に調印しました。エーザイはDEC錠を製造したことがなかったため、製剤開発を行い、2013年にWHOの事前認証(Prequalification)1を取得し、蔓延国への無償提供を開始しました。DEC錠の無償供給に携わるサステナビリティ部 副部長 飛弾 隆之さんにお話を聞きました。

サステナビリティ部 副部長 飛弾 隆之さん
DEC錠の無償提供業務に携った当時の状況を教えてください
 WHOの世界リンパ系フィラリア症制圧プログラムに貢献すべく、DEC錠の初出荷を果たした翌月、2013年11月に当時のプロジェクト推進主体であるグローバルアクセスストラテジー室に加わりました。その直前は筑波研究所で、疾患に関係するバイオマーカーを診断や治療に応用する研究開発に携わっていました。異動後は、WHOが取りまとめるLF蔓延国からのリクエストに応じ、インドのバイザッグ工場から供給国に予定通りにDEC錠を届けるため、生産と出荷の調整業務に携わることになりました。WHOの会議に出席して各国の状況を知り、社内でも製造工場のあるインドやレギュラトリーを担当する欧州の社員と密な連携を取りながらプロジェクトを進めました。当時は、WHOの会議で関係者に会っても、エーザイという名前はあまり浸透しておらず、貢献はこれからだと実感したことが印象に残っています。
DEC錠プロジェクトの当初の進捗は?

 当社は、DEC錠の生産経験がなかったため、2011年3月に、東京本社、欧州のレギュラトリーチーム、インドバイザッグ工場による共同プロジェクトチームを立ち上げ、開発を始めました。当初は、先行製品との品質同等性証明により、WHOの事前認証を取得できると考えていました。ところが、DEC錠は1940年代に発見され使われてきた歴史の長い薬のため、WHOからはヒトでの生物学的同等性を求められ、急遽、薬物動態を確かめる臨床試験を計画しました。関係者の尽力でスケジュールの遅れを最小限とすることができ、WHO へ承認審査の申請書を2012年10 月に提出しました。2013年 1 月にバイザッグ工場で GMP2の査察があり、8月に事前認証を取得し、10 月に出荷を開始することができました。通常は承認プロセスに18カ月くらいかかるそうですが、スムーズな対応により10カ月ほどで承認されました。WHOからも好事例とのお墨付きをいただき、我々の誇りとなっています。事前認証が認められる医薬品の疾患カテゴリーには、エーザイの申請をきっかけとしてLFの上位概念であるNTDsが追加され、その後の道を切り開くものとなりました。

どのようにしてパートナーとの信頼関係を築いて来ましたか?

LF制圧プログラムでは、WHO以外にもたくさんのパートナーと協働しています。パートナーは、セクターを超えてお互いを尊重していますし、同じゴールを向いていると感じます。疾患の制圧には、医薬品が必須ですが、それを蔓延国に届けるだけでなく、現地住人に対する疾患啓発により薬を服用することの重要性を知ってもらい、集団投与の場に来てもらって薬を服用いただくという一連の活動が行われて、初めて制圧が可能となります。我々も医薬品の提供のみならず、制圧プログラムの成功のための取り組みや議論に参加しています。

例えば、LFの診断キット「フィラリア症テストストリップ(FTS)」の開発には、当社も協力しました。LF制圧において、フィラリアの感染率を測定し、集団投与によるLF制圧の達成度を評価するステップがあります。FTSは、フィラリア原虫の抗原をヒトの血液から検出するための診断キットで、ビル&メリンダ・ゲイツ財団からの助成金を得た企業が開発を進めていました。蔓延国の医療環境でも使える設計が求められていますが、現場からは、小さすぎて風で飛んでしまう、QRコード管理は現場では難しいといった課題が指摘されました。診断キットを再度開発し直すと最低2年はかかるため、関係者は困惑していました。当社の診断薬開発経験者の知恵で、トレーを追加し、名前を記載できるシールを張り付けるなどソフト面での工夫を加えたことで、予定通り診断薬を上市することができました。

エーザイには、hhcという企業理念があり、患者様や現場の想いに触れ、組織の壁を超えてアイディアを相談したり、ソリューションを提案できる組織風土があります。DEC錠の提供のみならず、現場のリクエストに柔軟に応える姿がパートナーにも評価され、取り組み開始から10年余かけて信頼関係を構築できたのではないかと思います。

最終的にはどのようなことをめざしたいと考えますか?

2012年に、エーザイを含む製薬企業13社、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、WHO、米国国際開発庁(USAID)、英国国際開発省(DFID)、世界銀行、NTDsの蔓延国政府などがグローバルヘルス分野における世界最大の国際官民パートナーシップを構築し、NTDs制圧に向けて共闘していくという共同声明「ロンドン宣言」を発表し10NTDsの制圧をめざしました。製薬企業は、「ロンドン宣言」以降、2022年までに190億人分もの高品質な治療薬を無償提供してきました。この間、国際官民パートナーシップによるNTDs制圧活動により、49カ国において1つ以上のNTDsの制圧を達成し、6億人に対するNTDs治療介入が完了するなど、多くの成果を達成しました。セクターを超えたグローバルなパートナーシップの大きな成果だと考えています。

2021年、WHOは2030年までの新たなNTDs Roadmapを示しました。Covid-19により対策の進捗は遅延しており、パートナーシップと共に蔓延国自身の対策へのオーナーシップが重要です。LFについては、2030年の制圧目標に向けて、今後、8億人への集団投与が必要と見積もられています。当社は、DEC錠の無償提供を必要とする全ての蔓延国で制圧が達成されるまで継続することを表明しています。目標達成に向けて、DEC錠の提供のみならず、蔓延国における集団投与の実施支援や疾病啓発活動、衛生環境の整備など包括的なアプローチに引き続き取り組んでいきたいと考えています。

  • 1 医薬品資源が限られている国々へ供給するために、品質、安全性、有効性の許容基準を満たすものであることをWHOが事前に認証すること。
    2 GMP(Good Manufacturing Practice:医薬品の製造管理及び品質管理の基準):医薬品を製造する際は過程についても適切に管理し、品質の良い優れた医薬品を恒常的に製造する必要があるため、その要件となる基準のこと。

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