2022年10月19日掲載
皆さんはマイセトーマという病気をご存知でしょうか? 足に多く見られる炎症性疾患で、アフリカ大陸をはじめとする熱帯および亜熱帯地域に多い感染症です。細菌や真菌が傷口から皮下組織に侵入することで感染すると考えられていますが、感染経路や患者数は明らかになっておらず、疾患情報が不足していることから「最も顧みられない熱帯病」の一つといわれています。
エーザイは、2019年にAAR Japan(特定非営利活動法人 難民を助ける会)が展開するマイセトーマ対策事業を支援する契約を締結しました。現在、AAR Japanではマイセトーマ対策としてどのような取り組みをしているのでしょうか。同団体の粟村友美さんにお話を伺いました。
現在16ヵ国で支援活動を行うNGO団体「AAR Japan」
まずはAAR Japanについて、団体の立ち上げ経緯や掲げているビジョン、ミッションについて教えてください。
AAR Japan は、1979年にインドシナ難民支援を目的に日本の一市民である女性が立ち上げ、現在では国連にも認定されている団体です。「困ったときはお互い様」という日本に昔から根づく精神に基づき、紛争・自然災害・貧困などにより困難な状況に置かれている人々に必要な支援を届ける活動を行っています。
これまで世界60を超える国と地域で支援を展開し、現在は世界16カ国において6つの分野で活動しています。この6つの分野とは、難民支援、地雷・不発弾対策、障がい者支援、災害支援、感染症対策/水・衛生、提言/国際理解教育です。
AAR Japanは、日本の本部職員約50名、10の地域にある事務所の駐在員約30名、現地雇用のスタッフ約300人で構成されています。国籍や経歴も多様で、民間企業で海外営業をしていた人、IT企業でSEをしていた人、ピアノの先生をしていた人などさまざまです。
粟村さんはいつ頃からNGOなど、支援活動に興味を持たれたのでしょうか?
私自身は小学生の時に見たフィリピンのストリートチルドレンのドキュメンタリーに影響され、途上国での支援の道を志しました。
大学でアフリカの貧困問題を学び、大学卒業後にアフリカのローカルNGOでインターンを実施。卒業後はアフリカの貧困問題に取り組むNGOで働き、民間企業を経験した後、10年ほど前にAAR Japanに入りました。
AAR Japanでは、最初の1年ほど東京の本部職員として働き、その後アフリカのザンビアで2年半ほど駐在し、HIV・AIDSの対策と母子保健を担当しました。2020年からは、ザンビア、スーダン、ウガンダ、ケニアのアフリカ4ヵ国の統括マネージャーとして、難民支援や感染症対策を担当しています。
マイセトーマの啓発、治療の提供、医療関係者への研修を実施
粟村さんが携わっているマイセトーマの取り組みについて教えてください。
マイセトーマの感染者が多いスーダンにおいて、主に疾患の啓発、治療の提供、医療関係者への研修という3つの取り組みを行っています。
マイセトーマは、異変を感じてから重症化するまで痛みが出ないので、感染しても放っておいてしまう人が多く、地元の人はもちろん、医療関係者にもほとんど知られていない疾患です。そのため、まずは疾患の啓発、医療関係者へ正しい知識を伝える研修を行っています。
また、マイセトーマの治療が受けられる病院が首都に限られているため、地方に住む方でも診断・治療を受けられるよう、我々が提携しているマイセトーマ リサーチセンターから治療団を派遣してもらう活動にも取り組んでいます。
大切なのは、この活動を現地に根づかせていくこと。現地で一緒に活動している協力団体の方々の能力強化にも力を入れ「どうやったらプロジェクトや活動をうまく回していけるか」をトレーニングしています。さらにマイセトーマに取り組むアクターになりうる団体や人々を繋ぎ、ネットワークを構築する活動も行っています。
マイセトーマの取り組みを始めたきっかけを教えてください。
元々AAR Japanではスーダンで地雷・不発弾対策事業を行っていて、地雷によって手足を失ってしまった方への義手や義足の支援をしていました。ところが義手や義足を必要とする人の中に、地雷が原因ではなく手足を失っている方々が複数名いたんです。リサーチを進めると、マイセトーマの重症化により手足を切断した方々だとわかりました。
スーダンだけでなく、ベネズエラやブラジルなどにも患者様がいると見られ、その患者数や実態が明らかでないことも問題点となっています。スーダンではそれまでほとんどマイセトーマ対策が行われていなかったので「これは我々が進めるべきだ」と思い、2013年ごろからAAR Japanでの取り組みがスタートしました。
アフリカの人たちを“支援している”のではなく“地域の人たちと一緒に取り組ませてもらっている”
アフリカでの取り組みを行う中で、苦労したことはありましたか?
大きなイベントや、決めていたスケジュールが簡単に吹っ飛んでしまうことが多いことでしょうか。例えば雨季になったら道路が封鎖されて研修対象の人が集まれなかったり、突然インターネットが遮断されてしまってオンライン研修ができなかったり、話が決まったと思っていたのに振り出しに戻ったり、やり直すことがすごく多いですね。
一喜一憂せず「こういうものだから仕方がない」と割り切って受け止めるようにして、リカバリープランを考えたりスケジュールを調整したりしています。ただ、本当に大変なのは現地の駐在員やスタッフなので、私の方ではなるべく彼らの心の負担を取り除けるようなコミュニケーションを心がけています。
アフリカでの取り組みを行う中で、嬉しかったことはありましたか?
マイセトーマのことを知らなかった人たちが、病気だと認識して治療を受け「ありがとう」と言ってくださった瞬間はやはり嬉しいですね。
もう一つ、これはマイセトーマに限った話ではないのですが、現地の方たちが自身の生活を向上させるため、もしくは誰かのために献身的に活動を行っている姿に立ち会えた時に「ここでこの活動ができてよかったな」と感じます。私たちは現地の方々へ直接何かを施すというよりは、現地の方と一緒に現地の方が誰かのためになること、自身の生活を良くすることを自発的に行う応援をさせていただいています。我々は支援を「している」というより「地域の人と一緒に取り組ませてもらっている」という感覚が強いですね。
現地の人たちの行動変容に向けた協業
AAR Japanとエーザイの連携では、どのように役割を分担されていますか?
エーザイとは2019年から協業しまして、資金のご協力だけでなく、エーザイのネットワークを活用して現地協力団体や医療関係者への研修に取り組んでいます。現在我々は、スーダンの地方に住む医療関係者に対してマイセトーマについてのオンライン研修を行っているのですが、その研修で講師を務めている先生はエーザイからご紹介いただきました。
そこではエーザイが手がけているマイセトーマに対する新薬開発への取り組みを、医療関係者をはじめ、マイセトーマ リサーチセンターや義手・義足センターのスタッフ、マイセトーマを知らなかった人にお伝えしています。一方で、マイセトーマの取り組みに現地で協力してくれる団体や人のリサーチ・打診は、AAR Japanが行っています。
また、エーザイとは協業の計画段階で「こういうことに取り組みたい」という相談を行い、それに対する具体的なプランをこちらから提案して、一緒にプロジェクトを推進しています。他にも外部の助成金の情報を教えていただき、その助成金を使って何ができるかを話し合って活動を進めています。
AAR Japanとエーザイがタッグを組むことの意義をどのように考えていますか?
我々は支援を行う上で、現地の方が自分たちの生活を良くするためにどういうふうに行動を変えていけるか、いわゆる「行動変容」を意識して取り組みを行っています。マイセトーマに関する行動変容を考えたときに、私たちだけで行動変容を促すのは難しいですが、エーザイと組むことで患者様に「治療薬の開発に希望が持てる」と言えるようになりました。これは活動を前に進めるための大きな力です。
マイセトーマ対策では、エーザイと協業できたことで、これまで90人の方に治療を提供し、2,500人の方に疾患啓発を行うことができました。今年は、さらに、80名の方に治療を提供、500人の方に疾患啓発、医療関係者50人の方に追加研修を行うことを目標に掲げています。
もう一つ、我々の団体が企業と協業する場合、CSRの一環として組んでいただくことが多く、資金提供や寄付をいただけるだけでももちろん本当にありがたいことではあるのですが、やはりその場合半年や一年など短い期間での協業で終わってしまいます。
一方、エーザイには、「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を考え、そのベネフィット向上を第一義とし、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する」という企業理念があります。AAR Japanがめざす、困難な状況に置かれている人々に必要な支援を届け、明日の社会が今日よりも豊かで希望の持てるものにする、ということと共通点があり、解決したい問題も我々と一緒です。また、3年間という長期の協業により、大きな成果も見込めます。さらに、エーザイとの協業実績ができたことで、他の企業の方にも「こういう協業の仕方がありますよ」と提案できるようになったという嬉しい側面もあります。
今後、エーザイとの取り組みで叶えたいこと、展望などがあればお聞かせください。
マイセトーマの取り組みでは、我々AAR Japanとエーザイがハブとなり、現地の大使館など他のパートナーとも組んで活動を広げていきたいと話しています。マイセトーマに限らず、エーザイにはウクライナ支援や新型コロナウイルスに関する支援も行っていただいているので、その他の分野でも協力していきたいですね。
また、国内外で知名度の高いエーザイと協業することで、日本の方々にも「NGOや社会貢献をすることってハードルの高いことではないし、身近なことなんだ」と関心を持ってもらえるのではないかと期待しています。もっと多くの日本の方々を巻き込んで、世の中を良くする取り組みを一緒に考えていけたら嬉しいですね。
「インタビューを終えて、エーザイの想い」
まずは病気を知ってもらうことから始まる
マイセトーマの問題に取り組むためには、まずはどんな病気なのか、どんな予防や治療が有効なのかを知ってもらう必要があります。現地に深く根付いた活動を実践しているAAR Japanと、セクターを超えた連携が実現したからこそ、取り組みが進展していると考えています。今後も長期的なスパンでマイセトーマの問題に協力して取り組み、疾患に苦しむ多くの方々が希望を持てる社会の実現をめざします。