マラリアの新薬開発担当者が語る―世界で蔓延する病気に挑む―

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2023年4月25日掲載

毎年4月25日は世界マラリアデーです。

世界で蔓延しているマラリアについて理解し、予防と制圧のためにはさらなる取り組みが必要であることを多くの人に呼びかけるため、2007年に世界保健機関(WHO)総会で制定されました。 

WHOの2022年の報告1によると、世界人口の約半数がマラリア2のリスクにさらされていると言われており、2021年の推定患者数は85か国で約2億4700万人であり、約62万人が命を奪われました。特に、乳幼児や 5 歳未満の子供、妊婦は重症化しやすく、常に命の危険にさらされています。

当社にとって、顧みられない熱帯病やマラリア制圧などの医薬品アクセス向上への取り組みは、当社の企業理念である「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」に基づく長期的な企業価値創造と社会的インパクト創出をめざす活動です。マラリアの治療薬開発においては、Medicines for Malaria Venture(MMV)やグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund) などのグローバルパートナーと協力し、制圧に向けて取り組んでいます。マラリアの新薬開発に長年取り組んでいる当社の研究者、堀井 孝昭に話を聞きました。

堀井 孝昭(主幹研究員、農学博士)
Deep Human Biology Learning
Microbes & Host Defense Domain
マラリアに取り組み始めたきっかけを教えてください。

エーザイにおけるマラリアへの取り組みは2003年から始まっています。わたしが入社したときには、筑波研究所の先輩が既に議論を始めており、抗真菌薬のコンセプトがマラリアにも応用できるのではないかというアイディアをもとにhhc活動3(患者様や生活者の皆様との共同化で得た気づきを業務において計画・実行する活動)が立ち上がっていました。真菌と同じ標的がマラリア原虫にも存在するので、このアイディアが正しければさらに多くの患者様に貢献できると考え、マラリアの勉強会やアッセイ系の立案など研究所でできることを少しずつ進めました。2009年にアイディアが本格的にプロジェクト化し、北里大学からのマラリア実験技術導入を始め、アカデミアの先生方にもご指導いただきながら進めてきました。

フランチャイズではない領域でいかに活動していくか、レールが敷かれていない所にどのようなレールを作っていくか。社内の創薬エキスパートや社外パートナーとの協働により、プロジェクトを育ててきました。

マラリア治療薬の開発にかける思いは?

最終的な目標は、これまでの薬では助からなかった患者様が一人でも多く、我々が作った薬で助かることです。感染症は疾患の要因が体外にあり、身体に入って来た病原体の攻撃を受けて発症します。治療薬の標的がヒトの身体ではなく病原体なので、実験室で見出された病原体に対する活性がそのまま臨床での薬効につながり、確度の高い新薬候補を探すことができます。我々は微生物研究の経験を活かし、病原体の攻撃から身体を守る薬の種を探求し続けています。

マラリアで亡くなる患者様は多くが子供です。アフリカなど医療環境が整わない地域において5歳以下の多くの子供が亡くなっている。これをなんとかしなければという想いがモチベーションに繋がっています。

アフリカの子供達が元気に育って欲しい。2分に1人、マラリアで子供達が亡くなっている現状を、一刻も早く解決したい。

患者様の思いを汲み取り、それをどのように創薬に繋げてきましたか?

マラリアは、高温多湿・雨が多い地域で多く見られます。もっともリスクが高い地域はサハラ以南のアフリカです。国家は財政難がゆえに対策が取れず、医療体制が整備されていないことに加え、人々がマラリアに感染することで教育や就業の機会を失い、貧困から脱却できないという悪循環に陥っています。

 蔓延地域において、人々は蚊に刺されやすい環境で過ごしています。蚊帳が提供されても、貧困のために、魚取りの網や衣服を作るのに使ってしまうなど、貧困のせいでやむを得ず身体を守ることが後回しになっているのです。熱帯病の制圧には治療薬だけではなく、予防薬開発や病原体を媒介する動物のコントロール、啓発活動なども必要です。しかし、それには多くのステークホルダーの協力と時間が必要であり、われわれ製薬企業が最初に取り組むべきアクションは治療薬や予防薬を開発することです。また、治療薬については、一回の服用で治療が完了する薬が求められます。3回の服用が必要な薬の場合、1回目を服用後に熱が下がると2回目、3回目の薬は服用せずに人に譲ってしまったり、子供が罹った時のために取り置きしたりして、治療が失敗することもあるためです。そして、これらが耐性の発生にもつながるのです。そこで、「一回服用して完治する薬を作ろう!」がマラリア制圧に向けた世界共通のスローガンになり、世界中で様々な創薬プロジェクトが進行しています。

マラリアだからこその難しさは?

マラリアだからこその難しさはいろいろあり、医療インフラが未整備の地域でも使用できる薬が求められます。医師がいない村でも使える薬でなければといけない。注射剤ではなく、経口剤が望まれます。冷蔵庫がなくても保存できること、熱や湿気に強い薬でなければいけない、そういったことを考えながら開発していく必要があります。

達成感のあった出来事は?

嬉しいのはやはり良い化合物を見つけた時、つまり薬の種が実験で効果があると分かった時です。研究室で実験をしながら、将来この化合物で患者様が治る姿を思い浮かべることができます。誰もやっていない新しいコンセプトで候補になりそうな化合物を見つけた時は、モチベーションがさらに高まります。また、社外パートナーや社外のエキスパートから良い評価をいただいた時も、患者様に使っていただける薬に一歩近づいたという達成感を感じます。

いろいろな人達がそれぞれ得意なフィールドでできることを持ち寄る、それが制圧に繋がると考えています。

協働しているグローバルパートナーから得た学びと原動力

If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together

患者様の思いを確実に形にしていくために意識しているのは、ネットワークです。アフリカの子供たちを救いたいという、同じ方向を向いている医師やアカデミア、パートナーは互いに競争相手ではなく協力者と考えています。積極的に社外に出て学会やイベントに参加し情報交換を行い、より良い薬の開発につなげようとしています。

抗マラリア薬開発では、治験を医療インフラ未整備の地域で実施しなければならないことからも、熱帯病分野の治験に長けた社外パートナーとの協力は必須です。パートナーであるMMVにもアドバイザリーボードがあり、レビューを受け厳しい議論の中でプロジェクトの魅力を伝えていきます。チャレンジングではあるものの、いち早く社外の評価を受けて深く考える機会でもあり、プロジェクトにとってはとても良い環境だと思います。有名なアフリカの諺に以下のようなものがあります。「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together」(早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け)

この諺にもあるように、皆が同じ途上国の方を向いていて、一緒に進む姿勢が原動力となっています。

マラリア新薬開発の特徴や今後の研究について

早期に治療効果が分かるのはユニークな点です。社外パートナーとのさらなる連携をめざし、今後もいろいろな人に会えると思うとワクワクしている所です。

マラリア薬開発のユニークな点としては、臨床第Ⅰ相試験という早期の段階で薬効を確認できるということが挙げられます。感染症の場合は病原体をたたくという直接的なアプローチなので、実験室で効果が出たものは、血中濃度と安全性に問題なければ薬効が再現する可能性が高いと考えられます。

今後も社外パートナーとの連携は重視していきたいです。これまでもプロジェクトを進めていく上で、パートナーとの出会いやGHIT Fundからの支援は不可欠でした。マラリアであればコラボレーションを深化させる、他の疾患であれば新たなパートナーとの協働も考えていく必要があります。実験も大切ですが、社外に出て、アフリカの子供たちを救いたいという同じ方向を向いたパートナーとのネットワークを広げることを考えると、とても前向きな気持ちになります。ようやくCOVID-19のパンデミックも明けそうなので、またいろんな人に会えるとワクワクしている所です。

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