2025年2月
エーザイでは、全社員がビジネス時間の1%を患者様や生活者の皆様と過ごす時間として推奨しており、その多くは外部のステークホルダーと時間を共にしています。しかし時には、社員も患者様の立場となることがあります。
エーザイの筑波研究所の研究員である本間大悟さんは、がんサバイバーです。社内でも自身の経験を度々共有している本間さんにインタビューしました。

診断を告げられたとき、最初に何を考えましたか?
かかりつけのクリニックで膵臓に腫瘍が見つかった際には、良性の可能性が高いと言われたこともあり、やや楽観的に捉えていました。 ただすぐに、家族にどのように伝えようか、精密検査の結果が悪かった場合に子供の将来をどこまでサポートできるだろうか、の2点を考えたのを今でも覚えています。精密検査の結果、手術すれば転移や再発の心配はないと説明されましたが、当時は米国から日本に拠点を移して間もなくで、まだ外国籍の妻と子供が米国にいたため、子供の将来を考え、自身と家族の生活拠点をどこにするのが良いかはとても悩ましかったです。
診断と治療は、日常生活や仕事にどのような影響を与えましたか?
時間管理等に柔軟な職場だったため、検査から診断までの間は、あまり深刻な影響はありませんでした。しかし入院中は、術後の激しい痛みや合併症などを経験し、手術がいかに身体的負担やリスクを伴うものかについて自身の理解と想像力が全く足りていなかったことを、身をもって知りました。
合併症の影響で入院は長引きましたが、その分退院時には割と元気で、早期に職場に復帰できました。元気とはいっても、やはり退院後2~3か月は健常時のようには動けませんでした。しばらくして楽になってきたところで、今度は立て続けに十二指腸潰瘍や糖尿病を発症しました。今でも食事や体調の管理には手を焼いていますが、職場は業務の多くを私の裁量で進めさせてくれるので助かっています。私は幸いなことに比較的若く体力もあり、発見も早期でしたのでこの程度で済みましたが、より重篤ながん患者様や術後の管理がより複雑な患者様のご苦労は本当に凄絶なものだろうと想像しています。

その経験は、人生観や生き方をどのように変えましたか?
これまでお話した通りがんになり負荷がかかることもありましたが、悪いことばかりではありません。これまで自分は研究者として神経疾患が興味の中心で、がんについては知識が十分ではなかったのですが、治療など自身の経験を通じて、がん治療や患者を取り巻く社会環境の目指すべき姿について、自分自身で考えアクションを起こしていきたいと考えるようなりました。例えば、若年層のがん罹患数の増加や企業の定年延長が進み、がんは現役世代にとっても身近になってきていますが、誰もががんと共に生きやすい医療と社会とはどんな姿でしょうか。きっと、がんになった後でもイキイキと仕事や私生活に取り組めるだけでなく、スティグマ等を怖れて既往歴に後ろめたさを感じる必要がないことも大事な要素だと思います。そのような医療や社会を実現するためには、よりよいがん治療の選択肢が必要ですし、そのためにはがん治療を受けた人が何を感じ苦労しているかについて、我々研究者もよく理解しなければいけません。そこでまずは、自分が診断や治療に対して感じた課題等について社内で講演し、またお世話になった看護師の方にhhc活動に協力していただき医療現場の様子やニーズを社内に紹介していただく、といったアクションを 起こしてきました。このような情報共有は、私たちが製薬企業としてそのニーズを満たすために何ができるかを考えるきっかけとなります。

研究者としてのバックグラウンドは、がんに対処する能力にどう影響しましたか?
自身の体にできた腫瘍に対して科学的興味を強く持ったことや、検査結果や治療の詳細について自身で文献情報等を確認し解釈できることは、動揺や不安に駆られることなく冷静に日常生活や仕事を続ける上ではプラスに作用したと思います。
研究者とがんサバイバーとして、がん研究の未来に望むことは何ですか?
自身の体験に即して言うと、まずは疾患の鑑別や合併症対策について技術的に改善が可能なことは多いと思われたので、研究開発と社会実装が進むことを望みます。私は術後に病理検査で診断が変わりましたが、その時もあまりはっきりとした検査結果ではなかったようです。診断の精度が十分に高くなければ、悪性度が高いがんである可能性が十分否定できず、より多くの組織を切除しなければなりません。合併症についても、発症率が高く生命にかかわるものや病床回転率の大きな低下を招くものに対しては、良い対応策が講じられるようになってほしいと思います。
また、希少がんへの補助化学療法についても臨床的なエビデンスの蓄積が進むことを望みます。私は自分の手術前、がんを0にできなくても切除部位を小さくし、より多く臓器が残せたらと思いました。今後より安全性が高い抗がん剤の開発が進められれば、そういった選択肢も広がるのではないかと期待しています。

がんの診断された方や治療中の方へのメッセージはありますか?
「がん患者」と一言で言っても人により状況は様々なので、一律に何か言うのは容易でないのですが、やはり家族をはじめ人とのつながりを大事にするのが何より大切だと思います。人は、誰かが自分との関係を大事にしてくれていると感じるだけでとても幸せになれますし、それをお返ししたくなるものです。手術の立ち合いや入院中の話し相手、退院後の健康管理など、ちょっとした人とのつながりや手助けがあるだけでもきっと心が楽になると思います。家族以外にも、介護士の方や患者会の方など、いろいろな人とのつながる機会があると思います。自分自身も患者としてたくさんの方に支えていただき、乗り越えた経験がありますので、患者会などに参加し、他の方々と交流しながら、お互い支え合うようにしたいと考えています。