新薬によるマラリア対策への協力:GWT1をターゲット分子とした探索研究

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2011年5月26日掲載

適応疾患:マラリア

技術タイトル:GWT1をターゲット分子とした探索研究

背景

2006年のWHO報告によると、世界の人口の半数がマラリアの危険にさらされており、2億5,000万人が感染し、100万人近くがマラリアで死亡しています。そして死亡者の多くは5歳以下の子供です。ほとんどのマラリアは低緯度地域の発展途上国で起こっている典型的な「顧みられない熱帯病」であり、その流行エリアは社会のグローバル化によって今後数十年の間にさらに広がることが予想されています。

マラリアは、感染後8日から30日の間にインフルエンザ様の症状が現れます。発熱、頭痛、筋肉痛、脱力、嘔吐、下痢などで、その後、発熱、悪寒戦慄、大量発汗の典型的なサイクル症状を呈します。そして、脳マラリアによる脳へのダメージあるいは重要な臓器へのダメージによって死に至ります。

現在、マラリアの治療には、薬剤耐性を生じさせないために、アルテミシニンをベースとしたキニン、クロロキン、ピリメサミン、メフロキンなどとの併用療法が行われています。しかしながら、耐性マラリア原虫の出現は時間の問題との予測もあり、新規抗マラリア剤の開発は喫緊の課題となっています。

マラリア流行国は発展途上国であり、安くて有効という、現場に適応した薬が患者様には必要です。マラリアから一人の命を救うために必要な7日間の平均治療コストは、クロロキンが0.1米ドル、サルファドキシン-ピリメサミンが0.14米ドル、キニンが2.68米ドルです。アフリカを中心とした発展途上地域においてはインフラの課題が大きく、こうした安価な薬を効果的に、確実に必要な現場に届けられていないのが現状です。

技術開発

エーザイは、抗真菌剤開発プロジェクトのターゲット分子としてGWT1を同定し、産業技術総合研究所および大阪大学微生物病研究所との共同研究により、Gwt1蛋白質はグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)生合成経路の1つ、アシル基転移反応を担う酵素であることを明らかにしました1, 2)

GPIは、原虫類の生育や感染性において重要な役割を担うことが知られています。原虫の細胞の表面はGPIアンカー型蛋白質でおおわれており、マラリア原虫の主要な表層蛋白であるMerozoite Surface Protein(MSP)はマラリア原虫の生育に必須です。一方、GPIは、細胞膜構成糖脂質成分としてマラリア原虫に豊富に存在しており、GPI自体が毒素として致死的症状を引き起こすことが明らかとなってきました。よって、生育に必須な成分のひとつであり、また毒素そのものでもあるGPIの生合成を選択的に阻害できる化合物は、非常に有用な抗マラリア薬となる可能性があります。

エーザイは、大阪大学微生物病研究所との共同研究により、マラリア原虫Plasmodium falciparumのGWT1ホモログ(PfGWT1)のほぼ全長と考えられる領域の単離に成功しました。次に、コドン変換によって最適化したPfGWT1を全合成し(optimized PfGWT1: oPfGWT1)、酵母に発現させたところ、酵母GWT1破壊株に対する相補活性が確認されました3)。そこで、このoPfGWT1発現酵母を用いて、約700の抗真菌剤候補化合物を評価した結果、複数の化合物が数g/ml以下の濃度でoPfGWT1発現酵母の生育を抑制しました。これらの化合物の中にはマウスGWT1発現酵母の生育は阻害せず、oPfGWT1発現酵母の生育のみ阻害する化合物が認められ、マラリアGWT1選択的阻害剤創出の可能性が示唆されました。

さらに大阪大学微生物病研究所への委託研究によって、抗真菌剤初期候補化合物についてヒト赤血球培養系を用いたin vitroP. falciparum活性の測定を実施したところ、複数の化合物に比較的強い抗マラリア活性が認められ、実際にこれらの化合物が抗P. falciparum活性を示すことが確認されました。

2010年には、北里研究所からマラリア原虫を用いたin vitro及びin vivo評価系を技術習得し、新規抗マラリア剤の創薬研究を開始しました。

参考文献

  • 1)
    Tsukahara, K. et al. Mol. Microbiol. 48:1029–1042 (2003)
  • 2)
    Umemura, M. et al. J. Biol. Chem. 278:23639–23647 (2003)
  • 3)
    Hata, K et al. WO2004/048567 (2004)

関連リンク