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小野蘭山の門人たち

蘭山は生涯、本草学の研鑽を積み、教育に力を注ぎました。名声を聞き、人物を慕って入門する者が後をたたず、門人の数は1000人にも及んだといわれています。代表的な門人としては木村蒹葭堂(けんかどう)、山本亡羊(ぼうよう)、水谷豊文(ほうぶん)、飯沼慾斎(よくさい)、岩崎灌園(かんえん)らがいます。

展示風景

  • 本テーマのあらすじ

  • 展示内容のご紹介

蘭山を祖に、優れた本草学者が続々と輩出

蘭山の門人は1000人にも及んだとも

京都の衆芳軒で名声を博した蘭山のもとには、多くの門人が入門しました。

40歳を過ぎた頃から蘭山の指導教育理念に変化

京都に衆芳軒を開いた頃の初期の蘭山は厳しい塾則を設けていた。そのころの代表的門人としては木村蒹葭堂が知られています。
40歳を過ぎた頃から蘭山の指導教育理念にも変化が現れます。門人に自らの教えを広める裁量を与えるようになり、山本亡羊は山本読書室を核とした教育に尽力し、蘭山を祖とすると3代目の門人を輩出するようになっていきました。

蘭山を祖に、優れた本草学者が続々と輩出

門人には、標本の分類をシーボルトに賞賛された水谷豊文や、西洋の植物学書をもとに『泰西本草名疏』を著した伊藤圭介、さらには江戸時代最大の植物図鑑『本草図譜』を著した岩崎灌園、リンネの分類法でまとめられた植物図譜『草木図説』を著した飯沼慾斎、西洋の植物学の解剖図や用語を紹介した『植学啓原』を著した宇田川榕菴(ようあん)など後に続く者たちが西洋植物学の考え方を本草学に取り入れていきました。
明治から昭和にかけて活躍した近代日本を代表する植物学者 牧野富太郎へとその流れは途切れることなく継承されていきました。


<木村蒹葭堂画 江戸中期>
蒹葭堂が得意とした蘭の水墨画。文人画は池大雅に学ぶ。

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