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本草学の普及

江戸時代中期になると、全国各地の薬種や産物を展示交換する「薬品会」、「物産会」などの展示会が催されるようになりました。各地で本草学者らにより薬品会が開催され、一般庶民にも公開されました。本草学はこのような物産会を通して、さまざまな分野で人々に浸透していきました。

展示風景

  • 本テーマのあらすじ

  • 展示内容のご紹介

「薬品会」、「物産会」などの展示会が庶民の娯楽にも

江戸時代の博覧会の始まり

世に知られていない薬物を出品した展覧会は本草学者たちの情報交換の場としての意味合いだけでなく、庶民にとっても娯楽的要素の高い見世物として人気を博しました。

のちの博物学となる、名物学、物産学が誕生

学者にとっては遠方の学者と交流できる貴重な場でした。これらの展覧会は本草学の中の名物学、物産学といった新たな学問分野を生み出し、のちの博物学へと発展していったといわれています。

知識人や文化人ばかりでなく、一般庶民へも普及

江戸時代後期になるとグループによる本草研究の活動が盛んになりました。グループの一つ尾張の「嘗百社(しょうひゃくしゃ)」は尾張藩主と蘭山の門人の水谷豊文、伊藤圭介らを中心とした研究会で、薬品会や本草会を開きました。動物、植物、鉱物を知識人や文化人ばかりでなく、一般庶民にも公開されました。

嘗百社本草図
<淇川写 文久2年(1862)> 65.0x27.4
嘗百とは神農が百草を嘗めて薬草を見分けたことに由来する。「御嶽産 チングルマ、白山産 イヌシデ、熊野産 イチョウラン」が描かれている。

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