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蘭学のおこり
 天文18年(1543)ポルトガル人の種子島漂着を契機に西洋の文物に触れたわが国も、鎖国令によって国を閉じた。開国までの約200年間、長崎出島の商館に出入りする通詞によってのみ、西欧文化が紹介されたのは歴史の教える通りである。安永3年(1774)には、杉田玄白・前野良沢らは、大変な努力によって「解体新書」を翻訳したが、この偉業は当時の社会に少なからぬ波紋を投げかけた。大槻玄沢は天明6年(1786)、わが国最初の蘭学塾・芝蘭堂を開くことになるが、多くの俊秀を集めたといわれる緒方洪庵の適塾(天保9・1838年)も見逃すことはできない。
 蘭方医学は、中国医学一辺倒だったわが国の医学に新しい風を吹きこんだと言えよう。
「解体新書」4巻附図1巻
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