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くすりの夜明け 近代の医薬ってどんなものだったんだろう?

手当てとくすりのあゆみ
近代の医薬について紹介する前に、世界の医薬の歴史をざっとみてみましょう。もっと詳しく知りたい方は、この企画展の図録(※)を読んでみてください。
古代 中世〜近代
薬物の科学的研究
中世のヨーロッパではキリスト教が普及し、修道院が薬草園を設け、神学だけでなく、医学・薬学の学究活動も行った。

ペストが流行した折に修道院は、経験的知識から防疫活動も実施した。また、各地に医学校が設立され、実際の怪我や病気の治療に関わる臨床医学が発達した。薬局は9世紀にアラビアにでき、ついで11-13世紀にヨーロッパ各地に設けられた。薬剤の品質基準を定めた薬局方は16世紀以降に制定された。

18世紀になると、イギリスに産業革命が起こり、自然科学が発達した。1805年にはドイツの医学者・ゼルチュルナーがケシの実から有効成分・モルヒネを抽出した。

植物などの天然物から有効成分を取り出して必要な分だけ投与できれば、確実な薬効が期待できるので、その後1835年までの間に、さまざまな学者が研究に取り組み、約30種類の有効成分が抽出された。

18世紀には医師・ジェンナーによりワクチン療法が発見された。その後、微生物学者・パストゥールにより微生物の研究が進み、コッホが病原菌の発見に成功した。

1846年にアメリカの医師・モートンが成功させたエーテル麻酔法が普及した。

麻酔は、古代ペルーで麻酔を用いた穿頭(せんとう)手術が行われたとされるが、記録されたのは比較的新しく1804年である。江戸時代の医師・華岡青洲が乳がん手術に全身麻酔を用いて成功した。

オーストリアの医師・ゼンメルワイスは石鹸と塩素水による手の消毒を提唱した。

彼は産褥熱(さんじょくねつ)による死亡の原因が関係者の汚染された手にあると考えたのである。その発想はイギリスの医師・リスターに引き継がれ、フェノールによる手や手術道具の消毒法が確立した。

産業革命初期に盛んとなった繊維工業においては、大量生産する上で、漂白と染色技術の開発が求められた。

合成染料の開発が成功すると、その技術は医薬品製造に応用された。当初は色素を用いた治療法が開発され、その後1910年に、ドイツのエールリッヒと弟子の秦佐八郎(はた・さはちろう)が梅毒の化学療法剤・サルバルサンを創製した。これに続いて1932年にはドイツのドマークが赤色プロントジルを開発し、フランスのトレフェルらはスルファミンを合成した。

1928年、イギリスの医学者・フレミングは、アオカビの培養液の中に細菌の発育を阻止する物質を発見し、ペニシリンと名付けた。

1941年にはオーストラリア出身の病理学者・フローリーとドイツ出身の生化学者・チェーンがオックスフォード大学の研究者とともに、ペニシリン大量生産の研究を行った。1944年に彼らはアメリカの製薬会社と共同で大規模生産に成功した。

1944年にアメリカの土壌学者・ワクスマンがストレプトマイシンを発見した。

ペニシリンやストレプトマイシンは、微生物によって作られる化学物質で、他の微生物の発育や代謝を阻害することから、抗生物質と呼ばれた。

※穿頭手術=頭蓋骨に穴を開けて行う手術

図録※ 企画展「くすりの夜明け−近代の薬品と看護−」


スペインの薬瓶
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瀉血器(しゃけつき)
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レメリー薬物学事典
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