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氷のうと氷枕 (2011.07.01 稲垣裕美) コレクションノート 近代の医療器具とくすり


『源平盛衰記図会』寛政12年(1800)
比叡山の霊水で清盛の体を冷やしたが、体があまりに熱いため、水が熱湯となったという場面が描かれている。


紙製氷のう
戦時中、ゴムが入手しにくくなったため、製造された代用品と思われる。終戦直後、神戸の薬局で販売されていた。


氷のう吊り
組み立て式のもので、写真右の箱に収納できる。(氷のうは最近のもの)


氷枕
ゴムは劣化するため、古い物は残されていない。写真は最近のものだが、形状はあまり変わっていない。


旭印氷枕
富士ゴム工業製の氷枕の外箱。


亀山式安全氷砕器
氷のうや氷枕に入れる氷を砕く時に使用する器具。片手で細長い部分を持って氷の上に置き、もう片方の手で握り手を上下させて氷を砕いた。戦前までは氷屋から大きな塊で氷を買ったため、使う際には小さく砕く必要があった。

 熱がある時に体を冷やすことは古くから行われた。日本においては、古来、神道や仏教で、身の穢れを祓う意味で斎戒沐浴する風習があり、そこから病気の折にも水をかけて治そうとする各種の治療法があった。平清盛が瘧(おこり=マラリア)と思われる病気で高熱を発した際、水浴したという故事も一種の水療法と見ることができる。

 西洋においては、17世紀に患者を革袋に入れて上部の口から冷水を注ぎ、体を冷やす方法が試みられた。使用後の温まった水は、革袋の下に設けられた口から流し、上部の口から水を補充する仕組みとなっていた。このほか、1787年にイギリスの医師・カリーカが腸チフス患者に水療法で解熱させたことをヒントに、1816年にはオーストリアの医師・プリースニッツが水療法を提唱した。これは、炎症を持つ関節の病気の患部を冷やす治療法だった。これは害の少ない治療法と考えられ、跡を継いだ医師・ブレーメルは更に発展させてサナトリウムとした。1887年にはドイツの牧師・クナイプが薬草と水による治療法を考案した。

 家庭においては、熱が出た時にはもっぱら水で濡らした手ぬぐいで額や首の裏を冷やすことが行われてきた。氷のう(氷嚢)や氷枕の登場は明治時代以降である。1883年(明治16)の広告に、1877年(明治10)の新発明として紙製氷嚢の記載があり、当時は舶来の牛・豚の膀胱を使用した氷嚢が出回っていたことがうかがえる。

 ゴム製品については、コロンブスの航海時にヨーロッパにもたらされ、1823年にアイルランドのマッキントッシュがゴムを塗った防水布を考案して以降、ゴム工業が盛んになった。日本では1871年(明治4)にゴム布が発売され、1886年(明治19)には、土谷秀三が潜水具の修理の必要からゴム製品製造所(後の三田土護謨製造会社)を興し、独創的な方法でゴムまり、哺乳瓶の乳首、湯たんぽ、ゴム靴、消しゴムなどを製造したといわれる。氷枕は1894年(明治27)頃に製造されたといわれる。
 1898年(明治31)の医療器具カタログの『医療器械実価表』には、「ゴム製氷嚢<シメ木付>」「ゴム製氷嚢<捻ジ口付>」「紙製氷嚢」の3種類の記載がある。明治42年のいわしや器械店の『医療及化学器械実価表』には、「氷袋」として、純ゴム製、ゴム引布製、膀胱製、普通紙製とあり、更に普通紙製は大・中・小の3種類があり、「大」のところには「特別上等耐久紙製」と書かれている。

 なお氷については、日本でも古代より氷室を作って保存した氷が上流階級に珍重されており、江戸時代にも六月に加賀の氷が将軍に献上された。
 明治年間にはアメリカのボストンから氷が輸入された記録もあり、横浜では当初外国人向けに信州・函館から取り寄せた氷の販売がなされた。人工的に氷の製造を行ったのは、1870年(明治3)外国より買い入れたアンモニアを利用する製氷器が初めとされ、福沢諭吉の解熱に用いたといわれている。明治9、10年頃には秋に川から水を引いて自然結氷させて病院で利用することも行われた。工業的には、東京製氷会社が1884年(明治17)に製造に着手したとされ、やがて夏は氷、冬は炭を売る商売が登場した。氷屋が各家をまわって販売したほか、熱が出た時など、必要な分だけ氷屋で求めることもできた。当時は、氷を利用して物を冷やす冷蔵庫が主流であり、冷やすと同時に氷の保存庫としても用いられた。

 現在のように、電気冷蔵庫が出回るのは第二次世界大戦後であり、冷凍庫付の冷蔵庫が普及したのは20世紀後半、自動製氷器付の冷蔵庫が登場したのはごく最近のことである。また、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでも氷を購入することができるようになった。
 そのほか、貼るタイプの熱冷却用シートや、固くならない保冷剤を使ったアイスパック、化学薬品の吸熱反応を使った瞬間冷却剤など、熱が出た時や患部を冷やすための手軽に使える製品が次々と登場した。これにより、吊り下げ型の氷のうや氷枕はあまり使われなくなったといえよう。ただし、新素材を用いた氷のうの形のアイスバッグは、スポーツやリハビリ、救急処置におけるアイシングの重要性が認識されるとともに、スポーツ界や学校、家庭においても普及してきている。
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