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眉毛のはなし(2008.09.12 野尻佳与子)
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「人相小鑑大全」と「(当世化粧)容顔美艶考」
 顔のなかでも眉は表情があらわれる大切なポイント。眉の形によって、気が強く見えたり優しく見えたり、同じ人物でもずいぶん雰囲気が変わります。化粧をする女性だけでなく、散髪のときに理髪店で眉を揃えていただいたり、鏡を見ながらお手入れに励むおしゃれな男性もいらっしゃるようです。

 歴史的に見てみると、日本人は眉に身分や立場を示す独特の美意識を持っていました。奈良時代から江戸時代は、引眉(ひきまゆ)といって眉毛を抜いたり剃り落していました。平安時代に昇殿を許されていた殿上人の眉は、除去した眉よりも高い位置で長円形の丸を2つ描くというもので現代人から見るとなんとも奇妙な風貌です。時代劇で公家役を演じる役者がこの殿上眉になっているのを見かけた方もいることでしょう。江戸中期頃までは、眉毛を剃り落した後にもともとの眉を薄い墨でなぞって描いていましたが、江戸後期になると既婚女性達(武家の妻は出産後)は目の上に眉を描かなかったため、無表情で感情が分かりづらかったようです。

 眉型で人柄を判断したり、眉の動きから心中を見透かされたりすることから「眉毛を読まれる」「眉間の延びた奴」「眉間にシワを寄せる」「眉をひそめる」「眉をあげる」「愁眉を開く」「柳眉倒豎(りゅうびとうじゅ:美しい女性が眉毛を吊り上げて怒ること)」などのように、多くのことわざや慣用句があることからも、感情を表すことがよく分かります。

 江戸時代の人々は人相占いに興味があり、眉型から性格や運勢を読み取ろうとしました。博物館の蔵書に「人相小鑑大全」(喜多村江南軒著 1684年(貞亨1))という書物があり、20種類の眉型にあてはめて人相を解説しています。

 江戸時代の化粧事情は、「(当世化粧)容顔美艶考」(並木正三遺伝 浅野高造補著 1819年(文政2)や「都風俗化粧伝」(佐山半七丸著 1813年(文化10)の新注校訂版)といった書物では、江戸女性の化粧方法を知ることができます。こちらは現代でいう美容やメイクのハウツー本といったところです。

 明治時代になると洋服に合わせた化粧法が広がり、引眉とお歯黒は廃れていきました。現代では、太さや角度など個性や流行によって微妙な違いがありますが、顔とのバランスがとれたナチュラルな眉が主流となっています。私は毎朝、鏡を見ながら悪戦苦闘、なかなか思うような眉に整えられません。けれども眉がバッチリと決まった日には、顔の骨格や鼻筋がいつもよりもすっきり見える気がします。美人に見えるメイクテクニック、眉が重要な決め手だそうです。


(現代の化粧道具)毛抜き、眉毛用はさみ、ブローペンシル、ブローシャドウ、ブローブラシ、眉マスカラ、ブローコート剤
 そんな苦労の副産物でしょうか?眉用の化粧品とお手入れ道具のコレクションです。
私の秘密兵器と描き方のポイントをご紹介しますね(*^_^*)

<手順>
1. 眉頭(眉の鼻側の部分)は、小鼻の脇から目頭を通る縦線上、鼻筋を通すよう感じで延長線。
2. 眉山(眉の一番高い部分)は、黒目の外側と目尻の間から真上に上がったところです。
3. 眉尻は、小鼻の脇と目尻の2点を通る斜めの線上。
4. 眉尻のラインは上まぶたの外側の輪郭線と平行になる角度を目安に描きます。
5. 眉尻の高さは、眉頭より低くならないようにします。

<ポイント>
眉は瞳や鼻など顔全体のバランスを見て描きます。
小さな手鏡でなく、顔全体が見える大きめの鏡でバランスを見て眉を調節します。


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