シミュレーションによる抗体と抗原の相互作用解析

抗体は、生体内で細菌やウイルス由来のタンパク質などの特定の物質(抗原)に特異的に結合することで、これを認識し排除する免疫システムの中心的な役割を担っています。特定の抗原を認識する特徴を利用して、抗体は医薬品としても広く応用されています。当社は、抗体と抗原の相互作用を分子レベルのシミュレーションで明らかにすることにより、治療効果が高く副作用の少ない抗体医薬品の効率的な創出に取り組んでいます。

分子レベルのシミュレーションとは

X線結晶回折やクライオ電子顕微鏡などの構造解析技術によって、抗体と抗原の複合体立体構造を得ることができ、両者に働く相互作用を解析することができます。分子シミュレーションでは、この複合体構造を入力し、適切な計算条件を設定すると、静的な状態で両者に働く結合エネルギーを計算することができます。また、複合体構造が溶液中の動的な環境下でどのように構造変化するかを明らかにするために、分子動力学シミュレーションが用いられます。これによって、抗体と抗原の構造変化が相互作用に与える影響を解析でき、両者に働く結合自由エネルギーを計算することが出来ます。

この技術によって可能となることは何か

治療効果が高く副作用の少ない抗体医薬品を創出するには、抗体を構成するアミノ酸を最適化し抗原特異性を高めることが重要です。分子シミュレーションによって、どの部位のアミノ酸を置換したら良いか、膨大な組み合わせの中から、適切なアミノ酸置換を予測することができます。また、同じ種類の抗原に対して、既存の抗体と自社抗体の相互作用を比較することで、自社抗体の特長を明らかにすることが出来ます。これらの過程では、シミュレーション結果を鵜吞みにせず、適切に解釈し、実験的に検証していくことが非常に重要です。このように実験と相補的にシミュレーション技術を活用することで、優れた抗体医薬品の創出を目指しています。

当社での活用実績

当社は、本技術をアルツハイマー型認知症の原因物質と考えられているアミロイドβタンパク質(Aβ)を抗原とし、これと抗Aβ抗体レカネマブとの相互作用解析に活用しています。生体環境に近い状態のシミュレーションを実現するために、レプリカ交換アンブレラサンプリング法1)を導入した分子動力学シミュレーションをGENESIS2)3)を用いて実施しました。これを実現するには大規模な計算リソースが必要となるため、東京工業大学のスーパーコンピュータTSUBAME4)を活用しました。実験とシミュレーションの相補的な活用によって、Aβ認識における抗Aβ抗体の特徴解析に取り組んでいます。

文献

  • 1)
    Y. Sugita, A. Kitao, Y. Okamoto, J. Chem. Phys., 113, 6042-6051 (2000).
  • 2)
    C. Kobayashi, J. Jung, Y. Matsunaga, T. Mori, T. Ando, K. Tamura, M. Kamiya, and Y. Sugita, J. Compute. Chem., 38, 2193-2206 (2017).
  • 3)
    J. Jung, T. Mori, C. Kobayashi, Y. Matsunaga, T. Yoda, M. Feig, and Y. Sugita, WIREs Comput. Mol. Sci., 5, 310-323 (2015).
  • 4)
    IPSJ SIG Technical Report, Vol.2017-HPC-160, No.29 (2017).