新薬によるシャーガス病治療に向けての協力

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2011年5月26日掲載

適応疾患:シャーガス(Chagas)病

技術タイトル:E1224—アゾール系抗真菌剤を利用したプロドラッグの開発

背景

シャーガス病はサシガメ(ビンチューカ)の咬傷によって感染する疾患で、特にラテンアメリカやカリブ諸国の貧困地域における公衆衛生上の問題となっています。約8百万人が感染していると推定され、1億人が蔓延地域に居住しているとされています。また、人口移動などによって、本来非感染地域とされているオーストラリアやカナダ、欧州、日本、米国などにおいても、ここ数年、感染者数が増加しています。

シャーガス病は、急性期・無症候期・慢性期に分類され、慢性期はさらに慢性無症候期と臓器障害などを伴う慢性期に分類されます。急性期では感染に気づかないこともよくあるものの、症候性急性シャーガス病では、発熱やけん怠感、リンパ節の腫脹などの不特定な症状を呈し、4~6週間ほどで自然に治ります。無症候期には明らかな症状が現れず、慢性期に移行するまで数十年かかることもあります。慢性期では、感染者の10%~30%は中枢神経系、消化器系、循環器系に影響が現れ、末梢神経障害や心筋症、巨大結腸もしくは巨大食道などが認められるようになります。もし感染者を治療しないまま放置すると、感染者の約3分の1が重篤な心疾患もしくは消化器疾患を発症して、死に至ることもあります。ラテンアメリカでは、毎年、14,000人がシャーガス病により亡くなっており、これは同地域でマラリアを含む他の寄生虫感染症による死亡者数よりも多い数字です。

既存の2つのシャーガス病治療薬としてはnifurtimox(製品名:Lampit™ 製造:Bayer)と benzinidazol(製品名:Radanil™ 製造:Roche)がありますが、いずれも1960~70年代に承認された古い薬剤で、これらは急性期では有効性も高いものの、慢性期における効果は限定的で、成人感染者における忍容性も良いとは言えないとされています1)。その意味では、特に成人の慢性期に有効な治療薬が開発されることの意義は非常に大きいと考えられます。

また、シャーガス病を罹患している患者様は貧困層の人が多いため、薬剤を買う余裕もないことなどから市場が限られるために、製薬企業もシャーガス病に対する新しい治療薬の開発に積極的ではないのが現状でした。

技術開発

Ravuconazoleはエーザイが創製したアゾール系抗真菌剤であり、真菌細胞膜の主要構成成分であるエルゴステロールの生合成を阻害することにより、真菌の生育を抑制します。前臨床研究において、深在性真菌感染症の主要起炎菌であるCandida属などのみならず、他剤が効きにくい接合菌(zygomycets)などにも幅広い抗真菌スペクトルを有するなど、優れた薬効が確認されました2-8)

しかしながら、溶解性が悪く、当初開発目標であった経口及び注射両用可能な抗真菌剤としては不都合な点があったため、ブリストル・マイヤーズ スクイブ社(以下、BMS)にライセンスアウトしました。BMSにおいては溶解性の向上したプロドラッグの開発に成功し9, 10)、フェーズI、II試験を実施し、POC(Proof of Concept:創薬概念の検証)を達成したものの開発を中断したため、エーザイに戻された後、塩形を変更したE1224としてあらためてフェーズI試験を行いました。その結果、E1224のフェーズI試験(経口投与)により、良好な体内動態、安全性が証明され、活性体であるravuconazoleの有効血中濃度を長時間十分維持できる用法用量を確立できました。

一方、ベネズエラのウルビナ博士(Dr. Urbina)によりravuconazoleがin vitroおよびin vivoにおいて、Trypanosoma cruzi(原虫)の感染を原因とする、シャーガス病に対して強力な活性を有することが論文発表され11, 12)、シャーガス病の治療薬開発に取り組んでいた独立非営利財団Drugs for Neglected Disease initiative(DNDiからE1224の提携およびライセンス契約の提案がなされました。

2009年9月、エーザイとDNDiは、シャーガス病に対する新しい治療薬の臨床開発に関する提携およびライセンス契約を締結しました。これにより、DNDiはE1224のシャーガス病の治療薬としての臨床開発を行い、その有効性および安全性を検証する一方、エーザイはDNDiに対し、E1224の臨床開発に関する科学的専門知識ならびに臨床試験用に必要な製剤を提供するという体制のもと開発が開始されました。

参考文献

  • 1)
    Nature Outlook 2010 June 24, S12-15
  • 2)
    Hata, K. et al. Antimicrob Agents Chemother 1996;40:2237-42.
  • 3)
    Hata, K. et al. Antimicrob Agents Chemother 1996;40:2243-7.
  • 4)
    Fung-Tomc, JC. et al. Antimicrob Agents Chemother 1998;42:313-8.
  • 5)
    Pfaller, MA. et al. Antimicrob Agents Chemother 2002;46:1032-7.
  • 6)
    Pfaller, MA. et al. Antimicrob Agents Chemother 2002;46:1723-7.
  • 7)
    Minassian, B. et al. Clin Microbiol Infect 2003;9:1250-2.
  • 8)
    Gupta, AK. et al. J Eur Acad Dermatol Venereol 2005;19:437-43.
  • 9)
    Ueda, Y. et al. Bioorg Med Chem Lett 2003;13:3669-72.
  • 10)
    Petraitiene, R. et al. Antimicrob Agents Chemother 2004;48:1188-96.
  • 11)
    Urbina, JA. et al. Int J Antimicrob Agents 2003;21:27-38.
  • 12)
    Diniz, LD. et al. Antimicrob Agents Chemother 2010;54:2979-86.

関連リンク