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内藤記念くすり博物館 近代化産業遺産認定コレクション

<その1>医薬品 −抗生物質の誕生(ペニシリン・碧素)−

 人々は昔から傷の化膿に悩まされてきたが、19世紀末に化学療法剤が、20世紀には抗生物質が発見されるに至り、細菌感染による病気で命を落とす人が大幅に減少した。

 ペニシリンは、1928年にイギリスの医学者・フレミングによって発見された最初の抗生物質である。ただ、このペニシリンは不安定な物質で、臨床への応用が進まなかった。1941年になって、オックスフォード大の研究者で病理学者のフローリーと、生化学者・チェーンらが安定したペニシリンを得ることに成功した。彼らはアメリカに渡り、1944年には大量生産が開始され、多くの人々の命が救われた。

 日本は、第二次世界大戦参戦により、傷病兵の治療薬を必要としていたが、イギリス・アメリカは対戦国であり、製品を入手することは不可能であった。そのため、陸軍軍医学校では国産のペニシリン開発を急ぎ、さまざまな分野の研究者の努力の甲斐あって、わずか8ヶ月で精製に至った。1944年(昭和19)に完成した国産ペニシリンは、当時の敵国語の名前ではなく、日本語で“碧素”と名付けられた。写真の碧素は、現存する最後のアンプルであり、くすり博物館の貴重な収蔵資料のひとつである。
アオカビの培養模型と碧素(昭和19年製)
アオカビの培養模型と碧素(へきそ)
(昭和19年製)

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