2025年度館長挨拶
内藤記念くすり博物館館長 森田宏

登録博物館 内藤記念くすり博物館
内藤記念くすり博物館は、エーザイの創業者 内藤豊次により1971年(昭和46年)に設立されました。当時の設立趣意書には、内藤記念くすり博物館は「くすりに関する日本のみならず、世界の資料、および過去より現代にいたる資料を広く収集し、実物に合わせて展示し、今日の、薬学および薬業の姿は、現在までどのような経過をたどってきたか、将来はどうあるべきかを学会や業界、ひとしく一般の人々にも正しく理解してもらう」とあります。
当社の創業者は、日本橋の製薬会社である田邊元三郎商店の宣伝部長をしていた時期がありました。本年放映されているNHK朝ドラの主人公・やなせたかし氏はの同部署でグラフィックデザイナーとして仕事をされていたそうです。創業者が陣頭に立って指揮していたと、梯久美子著『やなせたかしの生涯』に書かれております。当館の設立時には、日本の医薬業の歴史を残そうとする博物館がなかったことから、この国の製薬業界に関わる人間として自ら陣頭に立ち、後世に歴史を残そうという想いを持っておられたのかもしれません。
私たちも、この設立趣意書に掲げられた精神を忘れず、来館者に親しみやすく、くすりを理解し、ファンになっていただけるような博物館を目指して職員一同活動しております。
トピックス
まず初めに、2024年5月31日をもって、当館は文化庁の登録博物館に認定されました。これは日頃の皆様からのご利用あってのことと思います。医学・薬学・ 植物学の総合博物館としてこれからも活動してまいります。

登録博物館の認定証
さて、ここからは博物館の見どころをいくつか紹介したいと思います。
@ 展示館逸品資料
我が国を欧米列強から守った『解体新書』
今回の逸品は小学校の教科書にも紹介されている杉田玄白訳『解体新書』です。くすり博物館では当時の実物を常時展示しております。なぜ、小学校の教科書に掲載されているのかは、医学的に描かれている解剖図が中国伝来の五臓六腑の図と違い正確であった事と、本書の出版により蘭書を読む道が開かれ、西洋の自然科学が鎖国後広く我が国に導入される端緒となった事によります。当時欧州では産業革命が起こっていました。オランダからの影響を受け、各藩が独自に化学や砲術等の産業化に取り組んだことにより、アジアで唯一、日本だけが欧州の植民地にならずに済んだとも考えられます。

『解体新書』の発刊経緯について
1771年(明和8)3月に江戸の小塚原で杉田玄白、前野良沢、中川順庵らが見守る中で解剖が行われました。この時持参したドイツ人クルムス原著のオランダ語訳の医学書『ターヘル・アナトミア』の解剖図が実物とそっくり描かれていることに驚きました。彼らはこれまでの五臓六腑説が実物と異なることを知って翻訳を決意し、翌日から良沢の自宅で作業が行われました。翻訳は思うように進まず「艪も舵もない船が大海に乗り出したようで、ただ広々と果てしなく広く呆れに呆れているばかりであった」と述べています。翻訳を始めて3年半が過ぎやっと完成させたのが本書です。
『解体新書』の構成
本文四冊、序図の1冊を合わせて5冊の木版本です。本文は現在の数え方では190ページです。現代も使われている「門脈」、「神経」、「軟骨」、「頭骸骨」などの用語は『解体新書』の翻訳時に作成された新語です。
『解体新書』の扉図
本書の扉図(解剖図)は秋田藩士・小田野直武(おだのなおたけ)が模写したものを木版に起こしたものです。杉田玄白は今年のNHK大河ドラマに登場している平賀源内とも交流があり、平賀源内の推薦で小田野直武が描きました。
A 企画展「本草学から植物学・創薬への広がり」
今回の企画展は、「本草学」と「植物学」・「創薬」の歴史に取り組みました。「植物学」もルーツは薬草が源流だという内容であります。我が国「本草学」は、江戸時代の貝原益軒により、中国の知識から脱却し、わが国独自の動植物の存在の証明を皮切りに、全国で採薬という形で全国に広まっていきました。「植物学」は江戸時代中期にオランダ人らから、西洋の医学と植物学に関する知識が伝わり、本草学者がこの植物学を学んで、活躍しました。明治になり東京大学植物学教室が設立されると、西洋の植物学が小石川植物園を中心に発展していきます。「薬学」も同時期に殖産興業のために外国人技術師を雇った際に西洋の知識が伝わり、国内で発展していきました。本企画展では、植物から有効成分を取り出した長井長義を取り上げております。

B 薬草園からのお誘い
薬草園の逸品 フランセンキンス(乳香)
くすり博物館の温室では、イエス・キリストの生誕祝いに贈られたとされる樹脂を出すニュウコウジュ(乳香樹)を栽培しています。高さは2.5mあり、成長の遅い乳香樹としては国内最大級です。ニュウコウジュはカンラン科の常緑樹で、アラビア半島やトルコの乾燥地帯が原産です。幹から分泌する乳白色の樹脂が固まった「乳香」は、古くから香料として使用され、現在でも精油や漢方薬に利用されています。新約聖書には、イエスが誕生した時に「東方から3人の賢人が現れ、黄金、乳香、没薬を幼子イエスにささげた」と記されています。
 
ニュウコウジュの花と樹脂
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