くすりの良否の判断基準に最小有効量と最大耐量の関係がある。すなわち、少ない量でもよく効き、大量に投与しても毒性の低い薬ほどよい薬、という考えである。抗がん剤開発の歴史は、いかに毒性を低くして効果をあげるかの研究であったといってよい。
画像の資料は1952年(昭和27年)に発売された日本初の抗がん剤「ナイトロミン」の効能書である。この抗がん剤は1917年に当時のドイツ軍が使用した毒ガス兵器・マスタード・ガス(イペリット)を起源としている。兵器になるほどの毒性はなくし、がんに対しては兵器となりうるよう化学修飾を施された初期のアルキル化剤である。
1953年のワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の解明は、DNAの構造を変化させるアルキル化剤の作用機序と毒性についての理解を深めた。分子生物学の発展は、『毒性最小、効果は最大』のジレンマ解消に向けて、さまざまな作用機序の抗がん剤設計の理論的基盤となったのである。
|
|
効能書「ナイトロミン」 昭和27年以降
「防空図解(防毒)」 昭和20年以前 赤十字博物館編纂 小林又七本店発行 戦時下の毒ガス攻撃対策を説いた図表。 |