くすりの博物館
サイト内検索
内藤記念くすり博物館のご案内
人と薬のあゆみ 薬草に親しむ 内藤記念くすり博物館のご案内 もうひとつの学芸員室くすりの博物館トップページへ
館長挨拶
トピックス
イベント
ご利用案内
館内ガイド
出版物・販売物
館長挨拶

2026年度館長挨拶

内藤記念くすり博物館館長 森田宏

館長 森田 宏

登録博物館 内藤記念くすり博物館

 内藤記念くすり博物館は、エーザイの創業者 内藤豊次により1971年(昭和46年)に設立されました。当時の設立趣意書には、内藤記念くすり博物館は「くすりに関する日本のみならず、世界の資料、および過去より現代にいたる資料を広く収集し、実物に合わせて展示し、今日の、薬学および薬業の姿は、現在までどのような経過をたどってきたか、将来はどうあるべきかを学会や業界、ひとしく一般の人々にも正しく理解してもらう」とあります。
 私たちは、この設立趣意書に掲げられた精神を忘れず、来館者に親しみやすく、くすりを理解し、ファンになっていただけるような博物館を目指して職員一同活動しております。

トピックス
@ 国土交通省中部運輸局より「観光施設における心のバリアフリー」認定

 「観光施設における心のバリアフリー」認定制度では、観光庁が定める認定マークを対象施設に対して交付します。その認定施設において、高齢者や障がい者の方でも安全で快適な旅行ができるように支援していることを証明するものです。東海地区の博物館では2025年(令和7年)11月時点で2館だけであり、12月に当館が追加されました。より多くの方々に安心してご来館いただけるよう、「登録博物館」並びに「心のバリアフリー認定」で来館者のご満足を向上させます。

  観光施設 心のバリアフリー認定証

A 環境省から委託を受けている日本植物園協会より「植物多様性保全拠点園」に認定
 内藤記念くすり博物館の附属薬用植物園では、これまで生物多様性保全の一環として、日本の絶滅危惧植物40種の保全に取り組んでいました。近年SDGsが謳われるようになってから、企業の環境保全活動への取り組みが注視されるようになりました。これに着目して、2023年(令和5年)よりこの保全活動に力を入れてまいりました。具体的には、岐阜大学や地域のアマチュア研究者らと協力して、岐阜県の絶滅危惧植物であるスズカケソウやミノシライトソウの保全にも取り組み始めました。

 これらの活動が功を奏し、本事業が、環境省と提携を結び日本の植物の保全活動の中核を担っている「日本植物園協会」に認められ、2026年(令和8年)3月に「植物多様性保全拠点園」としての認定をいただくことができました。これは当館の活動が日本の保全活動として全国的なレベルとして認めていただけた結果といえます。         

                    
「植物多様性保全拠点園」認定証   保全用ビニルハウスの様子



企画展「くすりと医療のたどってきた道」―古代から江戸までの病との闘いー


 企画展会場入り口

 内藤記念くすり博物館は1971年(昭和46年)の開館以来、日本の医薬の歴史を伝えるため、数多くの特別展・企画展を行ってきました。1981年(昭和56年)には映画『くすりと日本人』を制作し、図録では「進化するくすり」「創薬の歴史」「くすりの夜明け」「本草学から植物学・創薬への広がり」など、テーマを絞った展示を重ねてきました。今回の企画展では、2年にわたり日本医薬史の通史に挑みます。初年度となる本展では、古代から江戸時代までの歴史を取り上げました。日本の医薬は、時代とともに大きく姿を変えてきました。
 古代から飛鳥時代前期には、動植物の薬効を経験的に学び、知識として蓄積する時代が続きます。飛鳥時代後半には文字文化の受容とともに中国医学が伝来し、奈良時代には律令制のもと内薬師・典薬寮が設置され、国家が医療に関与する体制が整いました。
 しかし平安時代に入ると、多くの疫病が流行したにもかかわらず、医療よりも陰陽師や僧侶の加持祈祷に頼る傾向が強まります。『源氏物語』にも多くの病人が登場しますが、呼ばれるのは医師ではなく僧侶でした。
 鎌倉・室町時代になると、外科を行う医師の需要が高まり、医療は再び実践的な方向へと転換します。江戸時代には、徳川家康が“長寿が大切”と学び、本草学書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』や薬物書『(大平恵民)和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』を読んで体調管理に努めていました。この影響もあって江戸時代前期には漢方医学が隆盛を迎え、後期には杉田玄白が翻訳した『解体新書』以降、オランダを介して西洋医学・薬学が流入し、天然痘に対するワクチン、コレラに対する予防法を示しました。これにより幕府も蘭方医学の有効性を認めるにいたりました。
 「人を全体として捉える東洋医学」と、「身体の細部に着目し近代科学を基盤とする西洋医学」。この2つの視点が、江戸時代後半に起こり、現代医療の発展を支える大きな柱となっています。内藤記念くすり博物館展示館の常設展「日本のくすりの歴史」と併せてご覧いただくと、より理解が深まります。本企画展が、日本の医薬の歩みに触れ、その奥深さを感じていただくきっかけとなれば幸いです。

         
    『本草綱目』          『太平恵民和剤局方』

薬草園からのお誘い
 「酷暑多湿に挑む“生薬の王様”――岐阜南部(木曽川中州)で育つオタネニンジン
 博物館に附属する施設として、同一敷地内に薬草園があり、年間で700種類の薬草・薬木を栽培しています。その中でひとつ代表的な薬草を紹介します。
 生薬の王様として知られるオタネニンジン(生薬名:人参(にんじん))。日本には生薬の人参が奈良時代に、聖武天皇治世下の739年(天平11年)に渡来したとされます。その後、朝鮮や中国から何度となくもたらされましたが、我が国の需要を賄うには足りず、江戸時代には八代将軍徳川吉宗の命によって国内での栽培が試みられ、幕府が人参の種子を諸藩に下賜したので、「御種人参(おたねにんじん)」と呼ばれるようになりました。

 昔から栽培が非常に難しいことで知られますが、岐阜県南部に位置し酷暑多湿になる当園では試行錯誤により、種まき後、収穫の目安となる5〜6年経過した株も見られるようになりました。夏季は休眠するため、4月中旬頃〜7月下旬までが見頃となります。是非、ご見学にいらしてください。


薬草園で育成中のオタネニンジン

ページの上に戻る

ご意見ご感想著作権について Copyright(C), Eisai Co., Ltd. All rights reserved.