近代化産業遺産<その18>医薬品
苦い歴史とともに歩んだキニーネ
キナノキは南米原産の薬木で,インカ帝国では樹皮を解熱薬としていた。大航海時代には、キナ皮の優れた解熱作用はマラリアの特効薬として世界中に広まった。日本でもマラリアは“瘧(おこり)”と呼ばれてたびたび流行しており、蘭方医学の導入によりキナ皮よる治療が行われるようになった。
キナ皮には健胃・強壮作用もあり、薬用酒にも用いられた。展示は大正後期の皇国葡萄酒のポスターである。薬局を思わせる瓶の並んだ棚を背景に、キナ皮成分入りの皇国規那鉄葡萄酒が描かれた平和な雰囲気の漂う広告である。
同じ頃、列強諸国が植民地化していたアジアやアフリカは、マラリア流行地であった。1820年にキナ皮からキニーネが分離され、マラリア治療薬として需要の高かったキナ皮はジャワで大規模栽培が進められた。
第二次世界大戦が始まると、南方戦線では戦線の拡大にともない多くの兵士がマラリアに倒れた。画像の薬剤は海軍で支給された合成マラリア薬である。プラスモヒンとアテブリンの2種類があり、キナ資源に頼らず合成により製造できた。そのため硫酸キニーネや塩酸キニーネの錠剤と同様に大量に生産され、予防薬としても用いられた。
大正デモクラシーの平和な時代には、ハイカラな薬用葡萄酒に配合され、健康増進に一役買ったキニーネだったが、再びマラリア治療薬として粗末な包装にくるまれ、兵士とともに戦場に送られていったのである。
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