古代から中世にかけては、まだ病原菌の存在や発病の仕組みは知られていなかった。自分の体験や観察、実験に基づく臨床医学が進歩したのは、16世紀以降である。
18世紀のイギリスの医師・ジェンナーは、当時の俗信に着目し、1796年に乳しぼりの女性の手にできた牛痘の膿疱(のうほう)を少年に接種し、その後ヒトの天然痘接種を試みたところ、少年には感染が起こらなかった。彼は更に研究を進め、1798年にその結果を発表した。この方法は病原菌の研究から発見したものではなく、20年間にわたって観察と研究、そして実験を行い、その結果生まれたものである。この原理は、フランスのパストゥールによってワクチン療法として知られるようになり、狂犬病など他の病気にも応用されるようになった。
ジェンナーの牛痘接種法は、ヨーロッパから中国経由で日本に伝わったとされる。日本では1849年に初めて種痘が実施され、それ以後国内で広く普及し、明治政府にも引き継がれた。その後研究が進み、ワクチンが改良され、世界各国で予防接種が徹底されるようになった。そして1979年には、長い間人間を苦しめてきた天然痘は世界から根絶された。
写真の資料は、ランセット(写真上)と大正時代のガラス管に入った天然痘ワクチン(写真下)である。天然痘ワクチンは痘苗(とうびょう)と呼ばれ、種痘は、ランセットの先にワクチンをつけ、そのまま皮膚に押し付けて小さな傷を作って体内に入れ込む形で行われた。 |
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種痘用のランセット(皮膚穿刺器具) 左手前のガラス板のくぼみにワクチンを入れた。
天然痘ワクチン(痘苗) ワクチンはガラス管に入っており、折って使用した。 |