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2012年4月25日(水)〜2013年3月24日(日) 企画展「江戸のくすりハンター 小野蘭山 −採薬を重視した本草学者がめざしたもの−」
日本の本草学を集大成したといわれる本草学者・小野蘭山に焦点をあて、彼の足跡とそれを受け継いだ門人たちの業績をご紹介しています。
本草学とは主に薬用資源として利用できるものを研究する学問です。蘭山の生きた江戸時代中期〜後期は、薬や健康維持への関心が庶民の間に広まっていった平和な時代でした。13歳で本草学を学び始めた蘭山は、18歳の時に師・松岡恕庵を亡くします。以降、独学で本草学を修め、25歳で京都に私塾を構え、多くの門人を輩出しました。 蘭山の研究のすばらしさは、採薬で得られた膨大な実物調査にあるといえます。46年間にもおよぶ教育と研究活動の成果は幕府の目にとまり、71歳の時に江戸の医学館に医官として招聘されました。講義の傍ら門人を引き連れ、国家事業として採薬調査も精力的に行いました。老いてもなお、実物を求めて山野を探索する姿は、まさに江戸時代のくすりハンターといえるでしょう。 明治時代になると医学は漢方から西洋医学へと移り変わり、やがて本草学は植物学、生物学へと変化していきました。今も牧野富太郎の植物図鑑や国語辞典の植物の記述には、蘭山とその門人たちの業績が脈々と受け継がれています。 私たちが普段あまり耳にすることのない本草学が近代の自然科学の礎となっていることを、小野蘭山の学績を通してご理解いただければ幸いです。 <企画展の概要>
<本件に関するお問い合わせ先> 内藤記念くすり博物館 (担当学芸員:伊藤恭子) ![]() 〒501-6195 岐阜県各務原市川島竹早町1 TEL:0586-89-2101 FAX:0586-89-2197 開館時間:9:00〜16:30 *休館日:月曜日、年末年始 |
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