資料名 | よみ | 時代 | 作者 |
(1)為朝と疱瘡神 | ためともとほうそうしん | 江戸時代 | |
 | 資料解説
子どもと老人の姿をした疱瘡神が畏敬の念をもって、為朝にお辞儀をしています。そのまわりを犬、みみずく、うさぎ、ダルマがひかえています。為朝が「八丈島に住む人と、私の名前を記した家へは入るな。」と叱りつけ疱瘡神は恐れおののき、約束に背かないと一通の証書に手判を押したということです。 |
(2)麦殿は 生まれぬ先にはしかして… | むぎどのは うまれぬさきにはしかして… | 文久2年
(1862) | 芳盛画 |
 | 資料解説
擬人化した麻疹の薬やまじないの房楊枝が、麻疹を懲らしめている様子の絵柄です。麻疹の流行の時にタラヨウの葉に「麦殿は生まれぬ先に麻疹してかせての後は我が子なりけり」というまじないの歌を書いて川へ流せば、軽くすんで余病がでないとされました。 |
(3)痲疹送出しの図 | はしかおくりだしのず | 文久2年 (1862) | 芳藤画 |
 | 資料解説
麻疹の神をみこしのようなものに乗せて追い出そうとしています。みこしの担ぎ手は、麻疹にかかったとき食べていけないと言われたそら豆たちです。薬袋や医者も応援しています。 |
(4)疫癘神 加藤清正の手形 | えきれいしん かとうきよまさのてがた | 安政5年
(1858) | |
 | 資料解説
恐ろしい虎をも退治したことで、有名な加藤清正の手形です。疫病におかされても死を免れるとされました。 |
(5)虎列剌退治 虎列剌の奇薬 | これらたいじ これらのきやく | 明治19年 (1886) | |
 | 資料解説
コレラで亡くなった人を解剖したところ「数多の動物(あまたのむし)」がいたので「この動物こそコレラの病源なれ」というわけで、20倍、30倍の石炭酸を注ぎかけたが効果なく梅酢を特効薬としたといいます。虎の頭、狼の体、狸の睾丸をそなえた怪獣は悪疫コレラ。明治19年といえば明治最大のコレラ流行の年で死者は10万人をこえました。 |