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本年6月11日、三重県伊賀市の診療所で鎮痛剤の点滴治療を受けた患者らが腹痛、発熱などの症状を訴え、1人が死亡、多数が入院したことが報道された。点滴薬剤を作り置きしたため細菌が増殖して発症の要因となったと推測されている。その後、グラム陰性桿菌(セラチア菌)を検出したことから、作り置きした点滴薬剤を通じた院内感染との見方が濃厚である。目に見えないが、空気中には細菌などの微生物が浮遊していることは誰でも知っている。従って、無菌環境下でない限り汚染されて細菌が増殖しても不思議ではない。
空気中の細菌胞子によってものが腐敗することを証明したのはフランスのルイ・パストゥールである。1861年、有名な「白鳥の首フラスコ」を使ってソルボンヌの大講堂で公開実験を行い、それまで言われていた生物の自然発生説を覆した。彼はフラスコの中に腐りやすいスープを入れて煮沸滅菌し、直ちにフラスコの口を加工して白鳥の首型に細工した。内部は完全に滅菌されたが、密封してないので外部の空気とは遮断されていない。しかし、細菌を含む空気中の塵埃などは細い白鳥の首の最下部部分に留まってフラスコ内部には入らず、従ってスープは腐敗しない。液の面を傾けるなどして彎曲部分に接触させると、程なくスープが腐敗するという簡単であるが説得性の高い実験であった。
パストゥールはある種の病気の原因もまた微生物であることを示唆した。イギリスのリスターは、化膿は空気中の細菌によると考え石炭酸消毒で好成績をあげたと、パストゥールに感謝の手紙を送ったという。パストゥールの功績は、酒石酸ナトリウムアンモニウム塩の光学異性体発見、ワイン、牛乳、ビールなどの低温殺菌法(パストゥリゼーション)の開発、ニワトリコレラ菌の発見とそのワクチン、羊や牛の炭疽ワクチン、狂犬病ウィルスに対するワクチン(1885)の開発等々驚くほど幅広い。
1940年、ドイツ軍がパリに侵攻しパストゥール研究所が接収された時、パストゥールの墓を暴こうとしたドイツ兵に鍵を渡すことを拒み、自ら命を絶ったジョセフ・メイスターという守衛がいた。彼は狂犬病ワクチンで命を救われた2人目の子供だった・・・というよく知られたエピソードが残っており、パストゥールが多くの人に尊敬されていたことを示している。パストゥールが人類の恩人と呼ばれるのは、彼の英知と人間愛の熱情によるものと言われている。
約150年経った今、パストゥールの発見が忘れられてしまったのか。
この欄にコラムを寄稿するのも最後となった。2002年11月以来、駄文・拙文にお付き合いいただいた方々に感謝申し上げる。

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