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もし不老不死の薬があったら・・・?! その願望は、特に時の権力者に顕著であり、古来、不老不死の薬を追い求めた伝説は少なくない。ヒトゲノムが解読され、幹細胞技術による再生医療が進展する現代においても、未だ出現していない。聖武天皇が不老不死薬として鉱物薬を愛用した話はすでに紹介したが、更に古くには、徐福(じょふく)の「天台烏薬(てんだいうやく)」、田道間守(たじまもり)の「時じくの香(かぐ)の木の実」の伝説が良く知られている。
紀元前219年、秦の始皇帝の命で、方士(道教の仙術をつかう)徐福は不老不死の薬を求めて、童男童女3000人を従えて山東省から船出した。徐福の渡海は『史記』にも記されている。その後の行方は杳として知れず、再び帰ることはなかった。ところが、徐福が漂着したなどという痕跡(伝説)が日本全国至る処に点在して残されている。和歌山県新宮市には徐福の墓や徐福町という地名がある。佐賀県の筑後川河口には徐福が上陸したと伝えられる浮盃(ぶばい:海に浮かぶ大きな木盃)という地名があり、また、吉野ヶ里遺跡と結びつける説もある。徐福自身が日本の各地を転々としたのか、大船団での渡来で、船が各地に分散して上陸したのか。中国・琅邪にも徐福村(現徐阜村)が発見され、伝説から史実説が台頭したが、徐福が日本に渡来したことは『古事記』『日本書紀』にも記載がなく、確たる証拠は発見されていない。史実とすれば日中友好の始まりということになろう。
ところで、徐福が不老不死の薬として教えたのは「天台烏薬」である。クスノキ科の常緑低木で、原産地は中国の揚子江以南および台湾といわれている(当博物館薬草園にもあり)。根はリンデラン、リンデレン、ボルネオールなどのテルペン系成分を含むので、芳香を放ち健胃剤や強壮剤として使われた。中国・天台山で産するものが最も効き目がよいことから「天台烏薬」と名づけられたという。何故、不老不死の薬と言われたか定かでないが、岡山大学名誉教授森昭胤先生らの天台烏薬に活性酸素消去作用があるという研究結果がインターネットで紹介されている(財団法人新宮徐福協会website)ことから、単なる伝説と一刀両断するわけにはいかないかも知れない。
インターネットと言えば、伝説の不老不死薬というページに遭遇した。人魚の肉、ドラキュラ、仙人の秘薬などおどろおどろした薬(?)が紹介されている。仙人の秘薬は成分が水銀、砒素などで、これを飲んでも死ななければ不老不死と記載されている。妙な説得力のあるブラックジョークに脱帽。(つづく)
※天台鳥薬(てんだいうやく)

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