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阿蘇くじゅう国立公園の高原にあるホテルに泊まった。15ha.の敷地のごく一部を使って平屋の建物が丘陵に沿って這うように建てられている。美しい草原に囲まれ、正面には小高い山を臨み、自然の景観に溶け込むように存在している。国立公園内で自然との共鳴を謳うホテルだけあって様々な工夫がなされている。例えば看板。ホテルに向かう道の数カ所に、気を付けていないと見過ごしてしまうほどの、景観に留意した小さな案内板が立てられているだけである。ホテル自体も、虫が集まりにくい色を外壁に使用したり、雨水が染み込む素材を駐車場に利用したり、照明の種類・明るさにも気を遣ったりしているらしい。
毎年3月にはホテルのスタッフによって敷地内の草原の「野焼き」を行っていると聞いた。野焼きは、草についた害虫を駆除し、枯れ草を焼いた灰が新しい草の肥料となり、立ち枯れを無くして日当たりを確保することで雑木林化を防止し、長年に渡って美しい草原を維持するこの地区の慣習であるという。
夏の間は、宿泊客を対象に「自然散策」というオプションを用意している。 朝食前にホテルのスタッフが敷地内の自然観察路を案内するもので、早朝散歩を兼ねて参加してみた。
観察路の入口には、 ホテルスタッフとの同行時以外立ち入り禁止という立て看板がある。 山の麓に広がる森の中にスタッフの後について足を踏み入れる。地下水が湧き出した沢を渡り、所々で立ち止まりながらスタッフから植物の説明を聞いた。ネザサの群生、ウバユリ、シシウド、山クルミ、タンナトリカブト、山椒の木、フタバアオイ等々。
「この地域には自生での生存が危ぶまれている植物が数多くあります。きれいな花だからといって決して採らないでください。たった1本なら大丈夫と思うかも知れません。でもみんながそう思ったら、あっという間に貴重な植物がなくなってしまいます。草花は採らないで、写真に撮って持ち帰ってください。それが私たちのお願いです。」そのスタッフが何度も繰り返していた言葉。1人でも多くの人にこのことを伝えたいがために、ホテルが自然散策のメニューを用意したことを理解した。そして決して業務的でない自らの言葉で訴えるスタッフの思いが伝わって来て、自分だけなら大丈夫、この程度なら影響ないと思ってしまうことが自分の日常にもあるのではないかと少々反省しながら、いつになく爽快な気持ちになれた貴重な1時間であった。
(「くすりの博物館」事務長)

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