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身近な生活にある薬用植物 正倉院に伝わる薬物60種のリスト 種々薬帳(しゅじゅやくちょう)

 奈良の正倉院には、聖武天皇の遺愛品、東大寺の寺宝や文書など7〜8世紀の優れた東洋文化を伝える宝物が納められています。天平勝宝8年(756年)、聖武天皇が56歳でお亡くなりになった5月2日から四十九日が経過した6月21日に、光明皇后は、天皇遺愛の品々(調度品・楽器・遊戯具・武具・装身具など)を東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)(=奈良の大仏)に献納しました。
 その数はおよそ650点、いずれも稀な宝物で手放しがたい形見の品々ばかりでしたが、添えられた目録には、「遺愛の品が目に入ると、かつての日々が思い出されて、泣き崩れてしまうから」といった、悲しい心のうちも記されています。

 皇后は、天皇の遺愛品とは別に薬物も納めました。「東大寺献物帳」のなかの一巻である「種々薬帳」に、献納した60種類の薬物名と、その数量および質量などが列記されています。巻末には、「病に苦しんでいる人のために必要に応じて薬物を用い、服せば万病ことごとく除かれ、千苦すべてが救われ、夭折(ようせつ)することがないように願う」といった願文が記載されています。実際に、願いどおり薬物は持ち出されて病人を救うために役立てられたようです。
 皇后は人々への慈愛心が強く、貧しい病人に施薬や施療をするための施薬院(せやくいん)や、貧窮者や病人、孤児などを救うために悲田院(ひでんいん)を創設しました。仏教に深く帰依し、東大寺大仏造立を成し遂げた天皇が大仏開眼からわずか4年で崩御されたため、皇后はたいそうお悲しみになったようです。もともと、体が丈夫でなかった天皇を心配してさまざまな薬物を揃えていました。植物をはじめ珍しい動物や鉱物などを、唐や新羅、東南アジアなどからも取り寄せていたことをうかがい知ることができます。

 「種々薬帳」に記載されている60種類のうち、約40種類が正倉院に現存し、約1250年前の薬物として、他に例をみない貴重な資料とされています。現在でも、漢方薬などに配合される大黄(ダイオウ)、人参(ニンジン)、甘草(カンゾウ)、厚朴(コウボク)や、スパイスなどとして食用されている胡椒(コショウ)や桂心(肉桂・ニッケイ)なども見られます。
 60種類の薬物の調査は、専門家が集まって明治時代以来、何度か行われています。昭和23年(1948)に朝比奈泰彦東京大学名誉教授を中心として行った調査によって、「種々薬帳」と薬物の照合が総合的になされました。最新の分析機器と技術が発達した近年では、平成6年〜7年(1994〜1995)にかけて本格的な科学調査が行われて、大黄などの生薬に、今も薬としての効果を保ち続けていることが明らかにされました。

 毎年秋季に、奈良国立博物館において正倉院展が開催されます。今年の正倉院展(平成22年・2010年10月23日〜11月11日)では、「種々薬帳」をはじめ、「大黄(ダイオウ)」「五色竜骨(ゴシキリュウコツ)」「冶葛(ヤカツ)」など、数点の薬物が一般公開されました。見学した人々は、1250年の永い年月を越えて太古の人々の想いを感じとられたことでしょう。

記事:内藤記念くすり博物館
         野尻 佳与子 (2010年11月)
「種々薬帳」に記載されている60種類の薬物
(◎印=植物性生薬、△=動物性生薬、□=鉱物性生薬、◆不明)
(1)△麝香(ジャコウジカの雄の香のう分泌物)
(2)△犀角(サイカク・インド産クロサイの角)
(3)△犀角(サイカク・インド産クロサイの角・犀角の記載2つあり)
(4)△犀角器(サイカクキ・犀角でつくった盃)
(5)□朴消(ボウショウ・含水硫酸ナトリウム)
(6)◎ずい核(ズイカク・バラ科の成熟した果実の種子)
(7)◎小草(ショウソウ・中国産の遠志をいうが現存品はマメ科植物の莢果)
(8)◎畢撥(ヒハツ・インド産ナガコショウ)
(9)◎胡椒(コショウ・インド産コショウ)
(10)□寒水石(カンスイセキ・方解石(炭酸カルシウムの結晶))
(11)◎阿麻勒(アマロク・亡失したがコショウ科アムラタマゴノキの果実と考えられている)
(12)◎菴麻羅(アンマラ・トウダイグサ科アンマロクウカンの果実片、種子)
(13)◎黒黄連(コクオウレン・現存)
(14)△元青(ゲンセイ・亡失のため不明)
(15)◎青しょう草(セイショウソウ・亡失)
(16)◎白及(ハクキュウ・ラン科シランの球根)
(17)□理石(リセキ・繊維状石膏・含水硫酸カルシュウム)
(18)□禹余粮(ウヨリョウ)
(19)□大一禹余粮(ダイイチウヨリョウ)
(20)□竜骨(リュウコツ・哺乳動物の骨の化石)
(21)□五色竜骨(ゴシキリュウコツ・化石生薬・亡失)
(22)□白竜骨(ハクリュウコツ・化石鹿の四肢骨)
(23)□竜角(リュウカク・化石鹿の角)
(24)□五色竜歯(ゴシキリュウシ・ナウマン象の第三臼歯)
(25)□似竜骨石(ニリュウコツセキ・化石生薬 化石木)
(26)◎雷丸(ライガン・サルノコシカケ科ライガン菌)
(27)◎鬼臼(キキュウ・ユリ科マルバタマノカンザシの根茎・現在はメギ科ハスノハグサ)
(28)□青石脂(セイセキシ)
(29)□紫鉱(シコウ)
(30)□赤石脂(シャクセキシ)
(31)□鍾乳床(ショウニュウショウ)
(32)◎檳榔子(ビンロウジ・ヤシ科ビンロウの種子)
(33)◎宍(肉)縦容(ニクジュヨウ・ハマウツボ科ホンオニク)
(34)◎巴豆(ハズ・トウダイグサ科の種子)
(35)◎無(没)食子(ムショクシ)
(36)◎厚朴(コウボク・現在はモクレン科ホウノキ属だが現存品は別物のようである)
(37)◎遠志(オンジ・ヒメハギ科イトヒメハギの根)
(38)◎呵(訶)梨勒(カリロク・カラカシ・シクンシ科ミロバランノキの果実)
(39)◎桂心(ケイシン・クスノキ科ニッケイの樹皮)
(40)◎芫花(ゲンカ・フジモドキの花蕾)
(41)◎人参(ニンジン・ウコギ科コウライニンジンの根)
(42)◎大黄(ダイオウ・タデ科ダイオウの根茎)
(43)△臈蜜(ミツロウ・トウヨウミツバチの蜜蝋)
(44)◎甘草(カンゾウ・マメ科カンゾウの根)
(45)□芒消(ボウショウ・含水硫酸マグネシウム)
(46)◎蔗糖(ショトウ・イネ科サトウキビの茎から得られる、いわゆる砂糖)
(47)□紫雪(シセツ・鉱物八種の配合剤)
(48)◎胡同律(コドウリツ・樹脂の乾燥物)
(49)□石塩(セキエン・塩化ナトリウム)
(50)△い皮(イヒ・ハリネズミの皮)
(51)△新羅羊脂(シラギヨウシ)
(52)◎防葵(ボウキ・現在はツヅラフジ科シマサスノハカズラだが亡失のため不明)
(53)□雲母粉(ウンモフン)
(54)□蜜だ(陀)僧(ミツダソウ)
(55)□戎塩(ジュエン)
(56)□金石陵(キンセキリョウ)
(57)□石水氷(セキスイヒョウ)
(58)◆内薬(ナイヤク・亡失して不明)
(59)◎狼毒(ロウドク・亡失して不明だが、サトイモ科クワズイモの根茎、トウダイグサ科マルミノウルシの根、ジンチョウゲ科の根などが考えられている)
(60)◎冶葛(ヤカツ・断腸草あるいは胡蔓藤のクマウツギ科)
ダイオウ コショウ
ニッケイ ニンジン
フジモドキ カンゾウ
サトウキビ オウレン
ホウノキ シラン
トウダイグサ ヒメハギ
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