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赤、青、黄色・・・色の名前はそれこそ“いろいろ”ありますが、私は日本の「伝統色」と呼ばれる色の名づけ方が好きです。植物の名前が元になっている色名も多く、桜色や小豆色なんかは字を見ただけで、あるいは聞いただけでその色合いがぽっと浮かんできます。『枕草子』に挙げられた色についてのシャープな評価や、『源氏物語』の襲(かさね)の配色もすばらしいものがあります。しかし、私にとって色の名前が印象深かったのは、『平家物語』を読んだときでした。
登場人物の鎧の縅(おどし※1)や太刀などの配色は、その人物の地位や立場などを語る道具だてにもなりました。縅には緋色や黒、紫などが好まれたようですが、私が好きなのは、苅安(カリヤス)で黄色に染めた布を藍(アイ)でさらに染めた萌黄色。明るい緑色です。
平敦盛は、年の頃も16,7歳で、「練貫(ねりぬき※2)に鶴を縫うたる直垂(ひたたれ※3)に、萌黄匂(もえぎにほひ※2)の鎧著(き)て」と若々しく上品な装い。また、同じ萌黄の縅でも、老武者・斉藤別当実盛は「若やがう(=若返ろう)」という気持ちで「赤地の錦の直垂に、萌黄縅の鎧」をまとい、白くなった鬢(びん)やひげを黒く染めて戦いにのぞみました。
カリヤスもアイも、中学生の頃『平家物語』を読んだときにはどんな植物かくわしくは知りませんでした。薬草園で染物体験をした時に、初めて元になる植物を見、また、染めた色の名前に「苅安」・「藍」のような植物の名前に由来するものがあることを勉強しました。苅安と藍の色を重ねてできた緑色に、“草木が萌え出づる時の色”、萌黄色と名づけた先人の美意識というものに、あらためて感じ入りました。
そして名乗らないまま死んでいった二人の武者――敦盛と実盛の凛とした最期は、装束の色のあざやかさを描写したことで、より悲劇性がきわまったように思えました。
※1鎧を構成するパーツで、体を保護するために板をつなげて革などで補強したもの。袖などに使用する。材料により糸縅・皮縅、色によって緋縅・卯花縅、つづり方によって荒目・毛引などに分かれる。
※2生糸をタテ糸に、練糸をヨコ糸にした絹織物。
※3当時の衣服で、袖をくくり、裾は袴の中に入れて着用する。
※4「匂」はだんだんと色を薄くしていく染め方。「萌黄匂」は明るい黄緑色から白へのグラデーションとなる。濃くしていく染め方は「裾濃(すそご)」。
●参考文献
色の彩時記 朝日新聞社編 1983 平家物語 高橋貞一校注 講談社文庫 1972
記事:内藤記念くすり博物館
稲垣 裕美 (2005年9月) |
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