 ムラサキの花 初夏に白い花を咲かせる。根は秋に掘り取る。

 ムラサキの根

 生薬・紫草

 紫雲膏 |
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江戸時代から長く使われてきた傷薬のひとつに「紫雲膏(しうんこう)」があります。紫雲膏は紫根(しこん)、当帰(とうき)、胡麻油、黄蝋(おうろう)、豚脂(とんし)を配合した膏薬で、湿疹や痔、ひび、あかぎれ、火傷などに用います。
この薬は、江戸時代の外科医・華岡青洲(はなおかせいしゅう)が潤肌膏(じゅんきこう)という頭部の皮膚疾患や脱髪に用いる軟膏に豚脂を加えて改良したものです。華岡青洲は全身麻酔剤を用いた乳がん手術で有名ですが、漢方医学と蘭方医学の両方を学び、膏薬治療に優れていたことでもよく知られていて、その処方は弟子たちの手により『春林軒(しゅんりんけん)膏方便覧』という本に遺されています。彼が用いた14種類の膏薬には、紫雲膏以外に青蛇膏、白雲膏、大赤膏、大玄膏、中黄膏など色の名前がついたものがありますが、これは膏薬の色が違えば急いで治療する際に薬の取り間違えが少なく、便利だったからという説があります。
紫雲膏はその名の通りあざやかな紫色をしており、この紫色は原料の紫根もしくは紫草(しそう)とも呼ばれるムラサキ科植物・ムラサキの根に由来します。この根にはシコニンやアセチルシコニンなどが含まれ、抗炎症作用や肉芽形成促進作用があるとされます。紫根は染料にも用いられるため、うっかり紫雲膏が服についてしまうと紫色に染まって困ることがあります。
ムラサキ利用の歴史は古く、8世紀には各地の風土記に生育の記載があり、10世紀の『延喜式(えんぎしき)』には関東や九州の各地から紫草が税として納められたと記されており、集められた紫草は宮中で衣服の染色に用いられていました。朝廷では官位により衣服の色が異なり、深色(こきいろ)、深紫(こきむらさき)と呼ばれる濃い紫色は臣下の最高位の色とされました。何度も重ね染めすることで濃い色を作り出すには手間と時間がかかるため、権威の象徴とされたのでした。
染料にもなり薬にもなるという薬草には、ムラサキのほか、赤く染めるアカネやベニバナ、黄色に染めるウコン、藍色に染めるアイなどがあります。古代の人たちは病魔よけのために体や衣服に植物で色や匂いをつけ、そこから実際に体に効く薬が生まれたともいわれており、現在でもムラサキやウコンに含まれる成分に注目して薬の研究が進められています。残念ながらムラサキそのものは根を掘りあげて利用する上、温暖化の影響もあって生育地が減少し、現在では絶滅危惧種に指定されています。新たな薬ができあがったものの、自然に育つムラサキがなくなってしまうというような事態にならないよう、気をつけていきたいものです。
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