リンパ系フィラリア症など顧みられない熱帯病「NTDs」を2020年までに制圧へ

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2015年2月20日掲載

元世界保健機関(WHO) ジュネーブ本部
サイエンティスト

一盛 和世氏

1992年よりWHO勤務。熱帯病部門で媒介昆虫の総合的なコントロールと管理部門担当後、フィラリア症対策を担当。特に2010年から世界リンパ系フィラリア症制圧プログラムの責任者。本部ジュネーブ勤務以前はアフリカ、中南米、太平洋の島嶼国でフィラリア症、マラリア、デング熱などの昆虫媒介病の対策に従事。2013年退官。2014年、長崎大学客員教授。

  • 本インタビューは2013年に行われたもので、2013年時点での状況を反映したものとなります。

現場を知ることが熱帯病対策の第一歩

私は世界保健機関(WHO)サイエンティストとして、蚊が媒介するリンパ系フィラリア症やマラリアなどの熱帯病対策に20年以上にわたって取り組んできましたが、いつも痛感するのは現場を知ることの大切さです。現場に足を運ぶと心が動き、真になすべきことは何かが見えてきます。WHOはリンパ系フィラリア症の伝播を防ぐため、現在の蔓延国73カ国のうち53カ国の対象地域のすべての住民に集団投薬を実施していますが、人種や宗教、文化が異なる5億人の方に薬を飲んでもらうのは簡単ではありません。知らない人からもらった薬を飲めるかといえば、誰でも不安を覚えて当然です。薬を渡す側の信念が伝わらないと飲んでもらえません。飲んでも安心と思えるには、薬をくれた人を信じられるかどうか理解できるかどうかが肝心です。日頃、薬を飲む習慣のない人たちに、いかに飲んでもらうか、最終的にはヒューマニティに訴えるよりほかはないのです。取り除くことのできる不幸は取り除く。国や人種が違っても、これにはすべての人が納得できるはずですし、人間共通の想いだと信じています。

太平洋の赤道付近に位置するキリバス共和国で、象皮病の方に、疾患啓発のポスター用に写真撮影のお願いをしたところ、次のようなお答えをいただきました。「自分は一人で歩けず、何をするにしても周囲の支えが必要だ。そんな自分がこの写真で誰かを助けられるのは非常にうれしい」。人の役に立つ、社会の役に立つことは希望の光になるのだと、あらためて感じた出来事でした。次世代のために、コミュニティのために病気をなくそうといった想いは、世界共通ではないかと思います。

オールジャパンで顔の見える支援に期待

日本では、1970年代後半に、世界に先駆けリンパ系フィラリア症の制圧に成功しました。現在我々が世界で実施している制圧プログラムは、日本人がそのもととなるエビデンスを構築し、国として感染症対策をサポートするなど、種を蒔いて苗を育てたものなのです。その中で、信頼できる薬の開発・供給はとても重要な鍵であり、日本の製薬企業であるエーザイがその治療薬の一つであるDEC錠を提供してくださることを大変うれしく思っています。今後はさらに、産官学がオールジャパンのパートナーシップを組み、顔の見える支援を行っていただきたいと思います。リンパ系フィラリア症対策はこれから収穫期に入ります。日本の支援者の皆様が、引き続き積極的に本プログラムに参画し、自ら成果を手にしてほしいと願っています。

世界ではなお多くの人がリンパ系フィラリア症に苦しみ、途上国や新興国を中心に1億2千万人以上が感染していると推定されます。日本には制圧する技術があるのですから、貢献する責務があるはずです。私が熱帯病対策に関わるようになったのはその想いからです。次の世代では象皮病の写真を見て「昔はこんな病気があったのね。」という会話がかわされるようになれば、こんなうれしいことはないと思います。

リンパ系フィラリア症治療薬の集団服薬の様子

参考資料

リンパ系フィラリア症(象皮病)について

リンパ系フィラリア症は、蚊を媒介してヒトに感染する寄生虫症で、感染するとリンパ系機能障害を引き起こします。感染は小児の段階で起こることが一般的ですが、症状は数年かけて徐々に現れてくることが多く、成人期に最も重篤な症状を発症します。主な症状のひとつである象皮病は足などが象の足のように大きく腫れる身体障害で、患者様の日常動作に影響を与えるだけでなく、障害に対する偏見などから、歴史的にも多くの患者様が社会から迫害され、精神的にも患者様やご家族の方々を苦しめる原因となっています。今日、アフリカや東南アジアなどの開発途上国や新興国を中心に、世界73カ国にて1億2,000万人がリンパ系フィラリア症に感染していると推定されています。日本でも平安時代からリンパ系フィラリア症が存在していたことが確認されていますが、1960年代に始まった政府主導による産官民協同制圧活動の結果、1970年代後半に世界に先駆け、制圧に成功しました。

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