エーザイ株式会社

脳の健康度チェックを
会社制度でサポートする。

 認知症の早期発見を支援する脳の健康管理統合サービス「そなえるパッケージ」を、初めて導入した三谷産業。「働きたい」という希望があれば長く活躍できるよう、従業員の「脳の健康度」を定期的にチェックし、必要な社員には脳の健康支援プログラムを提供しています。

 脳の健康度チェックを会社制度として整備する、という新しい答えはどのように始まったのか。三谷産業参与の阿戸雅之さんと人事本部長の林原大輔さんに伺います。

高齢でも安心して働ける
時代にあった検診制度を。

 三谷産業で働く約3,500人の社員のうち、約2,000人はベトナムで働いています。この重要な海外拠点を開拓し、現在の発展へと導いた一人の功労者。その方に訪れた変化が、三谷産業が認知症対策に力を入れるきっかけとなりました。

 監査役として活躍していたその方は、ある時から同じ話を繰り返すようになりました。しかし、当時はまだ50代。若年性認知症への理解が十分に進んでいなかったこともあり、周囲は異変に気づきながらも、適切なケアを行うことができませんでした。結果として、若年性アルツハイマー型認知症と診断された時には、すでに症状がかなり進行していたのです。

 その人物は、現社長の三谷忠照氏にとって若いころからお世話になってきた親戚のおじさんのように大切な存在でした。彼が変わっていく姿を目の当たりにした社長は、認知症に対して「何とかしなければならない」と強い問題意識を抱くようになります。この出来事を機に、経営陣にとって認知症は、決して他人事ではない身近な問題となりました。「会社として早期発見に向けた対策を講じ、同じような経験をする社員を一人でも減らしたい」そうした思いが経営陣で共有されたのです。

 それが奇しくも、定年後も希望すれば働き続けられる「無期限継続雇用制度」の導入を検討していた時期と重なりました。身体の健康だけでなく、脳の健康も会社として支えるべきだ――。こうして、三谷産業で新たな検診制度の検討が始まりました。

脳の健康度チェックを
認知症理解の機会に。

 2020年、三谷産業は40歳以上の社員を対象に、海外の認知機能チェックサービスを導入します。定期健康診断で「血圧が高い」などと指摘されるように、脳の健康状態をチェックするという試みは非常に新鮮で、「脳のチェック、やった?」といった会話が生まれるほど、社内に着実に浸透していきました。しかし2年後、サービスの提供が終了してしまいます。代替サービスを探す中で出会ったのが、エーザイグループのテオリア・テクノロジーズが提供する「そなえるパッケージ」でした。「そなえるパッケージ」は、脳の健康に関わる啓発コンテンツや脳の健康度をセルフチェックできるツール「のうKNOW®」、結果に応じて管理栄養士の指導が受けられる脳の健康支援プログラム「Weltive」など、会社のニーズに合わせて複数のサービスを組み合わせることができます。

 認知機能をチェックするだけでなく、その後のサポートまで一貫している点、そして一社提供によるセキュリティ面の信頼性。さらに、会社側には結果が一切知らされず、個人のプライバシーが徹底的に守られる点にも魅力を感じ、導入を即決したといいます。

 「のうKNOW®」が楽しみながら検査できることも、採用された大きな理由でした。「トランプを使ったシンプルなテストで所要時間も短く、サクサクと進められました」と林原さんは語ります。ストレスなく楽しんで取り組めたため、「本当にこれで正確にチェックできたのだろうか」と少し感じたほどだったそうです。阿戸さんも「スキマ時間にチェックできる楽しいシステムでありながら、認知機能が低下している人とそうでない人との間で明確に差が出る、優れたテストだと感じました」と評価します。阿戸さんご自身の母親が認知症の傾向が現れたことから、検査項目が「短期記憶」と「処理速度」に絞られている点も効果的だと感じたそうです。

 三谷産業では、この脳の健康度チェックと並行して、40歳以上の社員を対象とした「認知症の世界と自身の脳の健康を考えるセミナー」を必須参加で実施しています。目的は、認知症を自分ごととして捉え、具体的な事例を通じて理解を深めてもらうことです。「社員たちは非常に意欲的に参加してくれました」と、セミナー運営に携わる林原さんは振り返ります。自分が当事者になる可能性だけでなく、身近な人が認知症になった場合の接し方など、多角的なアドバイスが得られたことで、「認知症への理解がより深まった」という声が多数寄せられたそうです。

年を重ねても、安心して
働ける会社へ。

 「一度縁のあった社員とは、ずっと共に働いていきたい」。この創業家の理念に基づき、2021年に「無期限継続雇用制度」が正式に導入されました。豊富な知見を持つベテラン人材が、現役世代にアドバイスや支援を行う体制は、会社全体にとって大きな力となっています。

 継続雇用後は、定年前に所属していた部署で働き続けるのが一般的ですが、「まったく違う仕事に挑戦したい」という意欲的な声に応える仕組みも用意されています。スキルを新たな場で活かせる「社内公募制度」や、1週間から1ヶ月ほど別の仕事を体験できる「グループ内副業(エクスターンシップ)制度」などを通じ、社員は年齢を重ねても高いモチベーションを保ちながら挑戦を続けています。

 このような制度があるため、三谷産業の社員たちは日頃から密なコミュニケーションを取っているといいます。認知症を正しく理解する社員が増えれば、いつもと違う言動や些細な仕事のミスが、単なる偶然か、あるいは認知機能低下のサインか、社員同士が日頃から意識し合うことができます。脳の健康度チェックが毎年の恒例行事となることで、従業員の小さな変化を見逃すリスクはさらに減っていくでしょう。

 「経営陣の強い意思と、社員が納得できる理由があったからこそ、この取り組みが実現できました。社員同士で脳の健康度チェックを呼びかけ合うオープンな雰囲気や、管理職が率先して働きかける啓発活動が、制度を根付かせる上でとても重要なので、これから検討される企業はぜひ参考にしてほしい」と阿戸さんは語ります。

 林原さんは「いずれこのテストを、父の日や母の日に自分の親へプレゼントできるようになるのが理想です。そうした仕組みがあれば、認知症の早期発見はもっと社会に広がるはずです」と語ります。社員自身だけではなく、家族にも脳の健康度チェック制度を適用できないか。さらには、セミナーの対象を40歳未満の社員にも広げ、認知症への理解を全社的なものにしていく。やがて制度をベトナムの拠点にまで広げたいなど、今後の展望は尽きません。

 認知症は非常にデリケートな問題であり、本人に直接「認知症です」と告げるのは困難です。だからこそ、本人が自ら気づき、周囲も自然に支えられるアプローチが求められます。認知症を過度に恐れることなく、誰もが長く働き続けられる会社。その確かなモデルが、三谷産業にありました。

  • 左・阿戸雅之さん 右・ 林原大輔さん

脳の健康度チェック制度は、
未来への「投資」になる。

 「無期限継続雇用制度」と「脳の健康度チェック」は、高齢社会において企業を支える大きな柱になりそうです。豊富な知見を持つベテラン社員に、健康で長く活躍してもらうこと。それは、自社の「人財」という資産を守り、未来へと継承していくための戦略的な「投資」であると感じました。

 社員の人生に寄り添う姿勢は、個人のモチベーションを高めるだけでなく、組織全体の活力を生み出し、持続的な成長の礎となる。認知症対策に投資することは、企業が高齢社会を生き抜くための、新しい答えのひとつなのかもしれません。

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