エーザイ株式会社

挑戦者 #7 hhceco事業戦略部 原 直彬 アイデアは、掛け算で大きくなる “みんな”が、認知症に「新しい答え」を出せる社会へ。

「新しい答え」への挑戦 #07

“みんな”が、認知症に
「新しい答え」を出せる
社会へ。

hhceco事業戦略部
パートナーシップグループ
原 直彬

事業会社、広告代理店、コンサルティング会社を経て、認知症だった祖母の死をきっかけに2021年にエーザイに入社。以来、一貫して認知症領域に携わる。2024年からは業種を問わずさまざまな業界とのパートナーシップで新規事業づくりをミッションとし、認知症に関わる仲間を増やす活動を行なっている。

認知症に「新しい答え」を出すのは、エーザイだけじゃなくていいと語る原直彬。薬だけでは解決できない認知症に係る憂慮を解決しようとする彼の想いと行動は、業種の枠を超えて、多くの人を巻き込もうとしています。

01

「新しい答え」を出す仲間を増やし、
解決策を増やす。

原さんが所属するパートナーシップグループは、どのような仕事をする部門でしょうか。

私たちの部門のミッションは、世の中に認知症に「新しい答え」を生み出す人や企業を増やしていくことです。認知症当事者様とご家族の方には、薬だけでは解決できない憂慮があります。私たちの仕事は、認知症領域のパイオニアとして、創薬の枠組みを超えて、一緒に新しい事業やサービスを創ってくださる企業を見つけ、彼らと一緒に認知症に「新しい答え」を出せるよう、共にチャレンジすることです。具体的には、我々から企業にアプローチさせていただき、先方のビジネスに貢献しうる新規事業の可能性を提案することもあれば、認知症に関する最新の知見を提供し、既存サービスの改善を通じてビジネスを支援させていただくこともあります。こうした積み重ねを通じて、認知症に対する社会全体の選択肢を広げることを目指しています。

私たちが共創に向けてお声がけしている業種は、エーザイがこれまで取り組んできた保険、ヘルスケアアプリ、医療機関検索サイトといった領域にとどまりません。食事、レジャー、自動車運転、福利厚生サービスなど、従来は認知症に特化したサービスが少なかった分野など多岐にわたります。共通しているのは、認知症に関連する社会問題が生じている業種であるという点です。一見すると、「なぜエーザイがその領域に?」と思われるかもしれません。しかし、私たちの本質的な目的は、認知症に伴うさまざまな問題の根本に向き合い、認知症と共に生きる社会を実現することです。その問題は広範にわたり、エーザイ一社だけで解決できるものではありません。認知症当事者様が「認知症になっても、自分らしく生ききる」ためには、さまざまな企業が認知症にまつわる社会問題に目を向け、新しいサービスを効率的に生み出していただく必要があると考えています。そして、当事者様がその中から自らに合った選択肢を選べる社会を築くことが、私たちの目指す姿です。

1日でも早く、当事者様やご家族の方の課題を解決するという
原さんの強い想いは、どこからきているのでしょうか。

私の人生に大きな影響を与えた出来事は、認知症を患っていた祖母の死でした。祖母が、私を含めた家族や友人と過ごしたかけがえのない日々を思い出すことなく、そのまま旅立ってしまったかもしれない—そう思うと、胸が締めつけられるような思いが込み上げてきました。 その時、私は「人生にとって本当に価値のあるものは何か」を改めて考えさせられました。それは、お金でも物でもなく、人が最期の瞬間まで心の中に持ち続けられる“記憶”なのではないか―そう強く感じたのです。

だからこそ、私は、人が最期の日まで色鮮やかな思い出を大切にできるよう、「人生の記憶」を残すお手伝いをしていきたい。あの時に胸に刻まれた感情こそが、いま私が認知症に挑み続ける原動力になっています。

02

イノベーションは、
アイデアの掛け合わせから生まれる。

宅配食やレジャー業界など、一見認知症からは距離がありそうな企業と
連携されていることに驚きました。

もちろん、これまで親和性の高かった業界との連携も引き続き取り組んでいきますが、さらに私たちのチームが挑戦したいと考えているのは、エーザイにとっての「飛び地」とも言える業界との共創です。私は、0から1を生み出すイノベーションもあれば、異なるアイデア同士の“掛け合わせ”からも生まれるイノベーションもあると考えています。

エーザイは認知症におけるプロフェッショナルであり、一方で共創に取り組んでくださる企業は、異分野におけるプロフェッショナルです。認知症という共通のテーマの下で、それぞれの専門性を持ち寄って共創することで、お互いにとっての「飛び地」は、お互いの既存事業の「隣接領域」へと変わっていきます。そうした異業種との交差点からこそ、これまでになかった価値や、人々が思わず驚くような「新しい答え」が生まれると、私は信じています。

これまでに、どのような「新しい答え」が生まれたのでしょうか?

直近の事例として、私たちが取り組んだのが「認知機能低下リスクの低減に寄与する宅配食サービス」の共創プロジェクトです。この構想の出発点は、認知症当事者の方々からのある一言でした。「コンビニのお弁当やパンばかり食べていて、毎日ほとんど同じものを食べている」。また、「病院で特定の栄養素を摂るように言われても、その栄養素が何に含まれているのか分からない」という声も印象的でした。

人は毎日、何かを口にします。だからこそ、毎日届く食事キットを、美味しく・楽しく食べるだけで自然と認知機能の維持・低下リスクの予防につながる—そんな健やかな循環を作りたいと考えたのです。

そこで私たちは、国立長寿医療研究センターの監修の元で、認知機能低下リスクの低減に寄与する食事に関するガイダンスを作成し、それをもとに宅配食サービス事業者と連携。脳の健康を意識した新たな食サービスの開発を進めました。

この取り組みのポイントは「スピードと質」です。エーザイ単独で宅配食事業に参入し、メニューをゼロから構築しようとすれば、実現までに何年もかかっていたでしょう。また、何より事業として失敗する可能性の方が高い。同様に、宅配食事業者が医師とのネットワークや薬事対応を一から整備し、事業化しようとすれば、多大な時間とコストを要します。

しかし、今回の共創では、エーザイの持つ認知症領域における専門知見や医師との信頼関係と、宅配食企業の事業ノウハウを掛け合わせることで、わずか約8カ月というスピードで事業化を実現した例もあります。これこそが、異業種の連携によって新たな社会的価値を創出する、共創の力だと確信しています。

もう一つの取り組みは、1,000万人以上のユーザーを抱えるオンラインのレジャープラットフォームを運営する企業との共創です。近年、趣味を持つことや友人との交流といった社会的活動が、認知症の予防に役立つという研究結果が注目されています。こうした背景を踏まえ、私たちは「遊び」を単なる「娯楽」としてだけでなく、「薬だけに頼らない認知機能活性化の手段」として再定義し、社会的に意義ある施策として発信していくことを提案しました。

このように、協業先の本業を、認知症領域のパイオニアであるエーザイの視点から再解釈すると、新たなビジネス価値が見えてきます。私たちは、認知症に関する知見と課題意識をもとに、相手先企業の立場で、誰よりも協業から生まれるシナジーを考え抜き、新たな価値を丁寧にお伝えすることで、認知症に「新しい答え」を出す企業の仲間を増やしています。

認知症に対する「新しい答え」は、エーザイが一社で積み上げるよりも、さまざまな企業と共に生み出すほうが、結果として「一日でも早く、一人でも多くの人に貢献する」というエーザイの目指す目的を実現する近道だと信じています。

03

介護離職と財産管理に
「新しい答え」を。

原さんが今最もフォーカスして動いている
プロフェッショナルはどの業界の人たちでしょうか?

例えば、家族の介護のために仕事を辞め、介護に専念する中で収入が途絶え、経済的負担や不安を抱える方もいらっしゃると思います。50代で離職してしまうと、再就職のハードルは高いと考えられます。これは、ご本人にとって損失であると同時に、長年培った経験を持つベテラン社員を失う企業側にとっても大きな損失です。

こうした状況に対して、企業の人事部門と連携し、「離職しない」という選択肢をつくる人事制度などの構築に取り組むことで、介護による離職を減らしていけると考えています。働き続けながら介護ができる、そんな社会を実現したいです。

また「財産管理」の問題として優先的に解決したいのが、資産凍結の問題です。例えば、ご両親が認知症を発症した際、介護施設への入所費用を預金口座から引き出そうとしても、口座が凍結されていて動かせない。あるいは、ご両親の自宅など不動産を売却して費用に充てようとしても、ご本人の意思確認ができないことを理由に手続きが進められず、結果的にご家族が自己資金で負担せざるを得ないというケースが多くあります。

これは、家族の人生設計に大きな影響を与えてしまうことになります。こうした課題に対し、金融業界の皆様と連携しながら、当事者様とそのご家族の大切な資産を守る仕組みを共に構築できないかと議論を進めています。

認知症になったときの備えをするのが大事なのですね。
生活者はどのような準備が必要なのでしょうか?

一つの例として、認知症になった後の生活、特に介護の場面では、先ほどの「お金」に関する備えは一つの重要な要素です。だからこそ、早期に準備をはじめることは、当事者様とご家族の選択肢を広げ、安心して暮らし続けるための鍵になります。

今、私たちがすべきことは二つあります。一つは、「今どんな選択肢があるのか」を知ること。もう一つは、「その選択肢をいつまで選ぶことができるのか」、つまり選択可能なタイムリミットを知ることです。認知症という疾患は物事を決断する能力に影響を与えるため、タイミングが重要だと考えています。どれだけ準備できるか―それが、将来の生活の安心と選択肢の幅につながっていくと、私たちは考えています。

法律も絡むなど、ひと筋縄ではいかなさそうなテーマですが、
どのように実現していきたいですか。

利益だけを目的とした企業間連携であれば、長期的な共創は難しいかもしれません。しかし、私たちが向き合っているのは、認知症という、誰もが無関係ではいられない社会課題です。この共通の課題に真摯に立ち向かう姿勢があるからこそ、パートナー企業とは“ワンチーム”として信頼関係を築きながら共に取り組めると確信しています。

エーザイは製薬会社でありながら、単に薬を届けることだけを使命としているわけではありません。私たちは「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」を企業理念の核に掲げています。めざしているのは、短期的な利益ではなく、「人々が認知症によって直面する困難を減らすこと」がゴールです。

だからこそ、私たちはとことん相手企業やそのお客様の立場に立ったサービス提案ができるのです。時にパートナー企業の方から「私たちにはメリットがあると思いますが、エーザイさんにとっては何の得があるのですか?」と尋ねられることがあります。そんな時、当事者様と相手企業様に魅力的なご提案ができた証拠だと感じ、心の中でガッツポーズをしています。

志を共にする企業と一緒に、「新しい答え」を生み出し、実現したいです。

04

認知症になって困難に直面する人の
負担を少しでも減らしたい。

エーザイ以外にも認知症に「新しい答え」を出す企業が
増える社会の先に、原さんが見ている未来を教えてください。

「認知症に備えていますか?」と尋ねられて、「はい」と答える人がどれほどいるでしょうか。多くの人が備えられていない背景は、認知症というテーマに触れる・知るきっかけが少ないということも一因です。人は、知らなければ備えようとも思わない。だからこそ、私たちは、例えばスーパーでの買い物や日々の料理といった、ごく日常の暮らしの中で、認知症について考えるきっかけをつくり、認知症に関わる仲間を増やすという私たちの仕事にやりがいを感じています。

今や誰もが認知症になりえる時代です。そして、人々の望みは多様です。例えば、運動が好きな人もいれば、食を楽しみに生きる人もいる。レジャーを大切にしている人もいます。人それぞれの価値観やライフスタイルが異なるように、認知症のリスクに対する備え方も一人ひとり異なっていていいはずです。

私たちがめざすのは、その人らしい備えの選択肢を、後悔せずに自ら選び取れる社会。そして、誰一人取り残さない社会です。そのために、選択肢を多様化させ増やしていく、それが、私たちの役割だと考えています。⽬標は壮⼤ですが、目標が高いほど活動の視野も広がります。今後は、私たちが個別に連携させていただいている企業同士をつなぎ、数社が連携する形でよりスケールの大きなサービス創出に挑戦していきたいと考えています。

「認知症になったから、やりたいことができなくて後悔する」―そんなことを、この社会から減らしていきたい。そして何より、一人でも多くの人が、色鮮やかな「人生の記憶」を持ち続けたまま最期の日を迎えられるように、私たちはこれからも、認知症という課題にともに立ち向かう仲間を増やし続けていきたいと思います。

  • 所属・インタビュー内容は2025年4月時点のものです。