エーザイ株式会社

挑戦者 #6 Theoria technologies 株式会社 CTO 岩田 和宏 症状は、一人ひとり違うから 最適なケアを、テクノロジーの力で実現する。

「新しい答え」への挑戦 #06

一人ひとりに最適なケアを、
テクノロジーの力で実現する。

Theoria technologies 株式会社 CTO
岩田 和宏

2024年にTheoria technologies(Theoria) 株式会社の創設メンバーとして参画。画像処理系の研究開発、医療用の3D画像診断アプリの開発、スマートフォンやWeb開発、マネジメント業務に幅広く関わり、複数のプロジェクトをリードしてきた経験から、認知症プラットフォーム立ち上げに向けた組織・制度設計、戦略立案、人財獲得をリード。さらに、技術戦略の策定および開発体制の構築も推進する。

テクノロジーを活用すれば、認知症領域は大きな変革が望める。そう語るのは、テクノロジストの岩田和宏。エーザイグループのテクノロジー企業Theoriaで、一人ひとりに最適なケアを提供するという壮大なチャレンジに挑む彼自身には、データでは測れない熱き想いがありました。

01

生活者のビッグデータから、
「新しい答え」をつくる。

Theoriaでは、認知症に関する様々なデジタルサービスをリリースされていると伺いました。

私たちTheoriaは、認知症との向き合い方をテクノロジーで変えていくことをミッションにしたエーザイの子会社です。
認知症の当事者様やご家族の方に対して、パーソナライズされた認知症ケアを実現するためのデジタルサービスを提供しています。エーザイが約40年培ってきた認知症に関するビッグデータと、Theoriaが独自に集めた当事者様やご家族の生活者データを組み合わせることで、一人ひとりの症状や進行具合、気持ちに寄り添ったサービスを生み出しています。

そのために「そなえる」「つながる」「ささえる」という3つの事業領域を設けています。「そなえる」では、健常・未病の方の認知機能の低下のリスクに備えます。「つながる」では、認知機能の低下が顕著になった方向けに、医療機関での受診・診断・治療への橋渡しを行います。「ささえる」では、認知症や軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)と診断された方に向けて、治療支援や介護ソリューションを提供します。そして最後に、「てをとる」という領域で3つの事業領域を連携させ、認知症の予防からケアまでを網羅的にカバーできるプラットフォームづくりをしています。(図1)

(図1)

新しいサービスの要となる「エーザイのビッグデータ」と
Theoriaの「生活者データ」はどう活かされているのでしょう?

エーザイが持つビッグデータとは、認知症の症例や臨床試験にまつわるもの。Theoriaに入ったとき、その膨大な量に驚かされました。一方で、当事者様やご家族一人ひとりの課題を解決していくのにはまだ不足しているデータもありました。それは、当事者様やご家族の方々の普段の生活にまつわる生活者データです。認知症になってない人、認知症になりそうな人、その人のバックグラウンドや趣味思考、好きなもの、普段は何を食べているのか…。あらゆる生活データをエーザイのビッグデータと組み合わせてはじめて、「こんな生活をしている人は、こういう症状になりやすい」といったようなつながりが見えてきます。これが、私たちの「新しい答え」の種。このモデルケースをたくさんつくっていくことで、「新しい答え」が続々と生まれる基盤をつくろうと日々チャレンジしているのです。

02

症状が一人ひとり異なるからこそ、
最適なケアが「新しい答え」になる。

ヘルスケアとは異なる業界で活躍していた岩田さんが
認知症領域に関心をもったきっかけを教えてください。

エーザイがTheoriaを立ち上げると聞き、内藤景介COOと面談をする機会をいただいたのがきっかけです。内藤COOからのオーダーはただ一つ。デジタルテクノロジーを使った認知症の課題解決を、創薬以外にも広げること。様々な業種を経験しましたが、「社会的価値のあることがしたい」というのが働く上での信条だったので、認知症領域でゼロから事業戦略と組織をつくるというチャレンジをしたいと思いました。

私個人の話にはなりますが、小学生の頃、祖母が認知症になった経験があります。最期まで私の名前だけは覚えていてくれたのですが、いろいろなことを忘れてしまう祖母の姿を見て、ショックを受けました。認知症というのは当事者様にとっても、ご家族にとっても困難を伴う病気です。日本では今、65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症にかかると言われています。デジタルを用いて、認知症の当事者様やご家族の役に立つことができるなら、それは社会にとって大きなインパクトになります。いずれ誰かがやらなければいけないことだとわかっていたからこそ、これまで培ってきたナレッジを活かして、自ら挑戦したいと思いました。

ゼロから事業戦略を任されている中で、
認知症ケアのパーソナル化に着目した理由は何でしょう?

世の中のあらゆる業界で、デジタルテクノロジーの活用は当たり前になっている一方で、認知症の領域では、データ活用やユーザー体験に基づいたソリューション開発が十分に発展していないと感じたからです。認知症のケアについて、「寄り添いましょう」と言われますが、実際のケアは画一的で本当の意味で「個人」に寄り添うことができていないと思います。個人によって症状にばらつきがある認知症こそ、当事者様やご家族の数だけ必要なケアがあるべきです。Theoriaの事業やサービスで、この課題を解決できたらと考えました。

実際に生まれている「新しい答え」を教えてください。

例えば、AIエージェントと会話することで認知症の進行度に応じたソリューションを提案するサービスを作っています。他の人には打ち明けにくい悩みも、AIなら素直に話せますし、AIがデータに基づいているので、人であれば判断にブレが発生するようなケースも比較的正確なソリューションを提案できます。そうしてサービスを使っていただくほどAIが利用者の悩みを学習し、その人にとってより最適な答えを出すようになります。多くの方が利用すれば、蓄積されたビッグデータから様々なパターンが見えてきます。これらのパターンとエーザイが持つ認知症研究のデータと組み合わせることで、まだ解明されていない認知症が進行する原因などの発見にもつながる可能性があります。

03

複数サービスを並行開発することで、
思わぬシナジーが生まれる。

複数のサービスを並行して行う珍しい開発プロセスを
採用している理由を教えてください。

Theoriaでは「そなえる」「つながる」「ささえる」の3つの事業領域とそれを連携させる「てをとる」領域を設け、すべてを並行して開発し、認知症の全てのステージをサポートするサービスづくりを行っています。そうすると、サービス同士がお互いに与える影響や、不足しているものが見えてきます。

様々なサービスを立ち上げ中なので、評価ができるのは1年先かなと思っています。ですが、認知症の全てのステージをターゲットとしたことにより、多様で優秀な人財が集まり、「複数のスタートアップを同時に起業している」ようなスピード感と創造性を持って挑戦できているのは、Theoriaならではの面白さだと思っています。私自身、このような挑戦をとても楽しんでいますし、並行開発から生まれる“思わぬシナジー”にも期待しています。

04

データがつながれば、
事業も、人もつながる。

Theoriaが目指す次なる「新しい答え」を教えてください。

まずは、今後もサービスを生み出すことでプラットフォームを大きくしていくことです。そのために、Theoriaやエーザイ内だけでなく、他業種との協業も視野に入れています。他企業が持つデータと私たちが持つデータを掛け合わせて、新たな認知症の事業を生み出すことができるかもしれない。今後、Theoriaは認知症のプロフェッショナルとして、企業に対する事業コンサルティングを目指しています。

オランダの首都アムステルダムに「ホーゲウェイ(Hogewey)」という認知症の方だけが入居できる介護施設があります。広大な敷地には住居だけではなく、様々な施設が備わっていて、まるで街のように機能しているんです。そこでは当事者の方々がしっかりとケアを受けながら、生き生きと自分らしく暮らしています。Theoriaが中心となって、企業や自治体、そして当事者様やご家族が結びつき、最終的には「ホーゲウェイ」のような場所を日本にもつくれたらと考えています。

05

誰もが人生の最後まで
前向きに生ききれる社会へ。

岩田さんはTheoriaでの活動を通じて、どのような社会を
実現していきたいと思いますか?

認知症になっても、ご家族を含めて人生の最後まで前向きでいられる社会です。認知症になると、多くのことを諦めないといけないと考えている方が多くいると思います。しかし、私たちはそれを覆していきたい。例えば、認知症になると仕事を辞めて社会から孤立してしまう方が多くいます。でも、まだまだできる仕事はたくさんあると思います。優しく見守りながらも、個人の可能性を見出して背中を押してあげたいですし、そうできる社会になってほしいと強く願っています。

その社会を実現する「新しい答え」を生み出すために、
欠かせないことは何でしょうか?

私たちが提供するサービスには、終わりがありません。とにかくやり続けることが重要です。それは、自分一人でできることではありません。仮に私が働けなくなってしまったとき、仲間たちが想いを引き継いでやり続けていく。だからこそ、想いの共有を大切にしています。Theoriaという企業のビジョン・ミッション・バリューを明確にし、共感してくれる仲間たちを増やしていく。そうやって、認知症になっても前向きに生ききれる社会の実現へ、想いを長くつないでいきたいです。

  • 所属・インタビュー内容は2025年4月時点のものです。