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身近な生活にある薬用植物 チョウジ〜武士のたしなみ〜
 最近は戦国武将から幕末の志士まで武将・武士の皆さんが大人気ですが、彼らに関わる植物のひとつに丁子(チョウジ)があります。

<生薬として>
 チョウジはモルッカ諸島原産のフトモモ科の常緑樹で、蕾を生薬や香料に用います。蕾の形が釘のような形をしているため、生薬・香料としては、丁子とか丁香(チョウコウ)と呼びました。チョウジに含まれるオイゲノールという成分には鎮静・鎮痙・抗炎症作用があり、昔は生薬を痛む歯でかみ締めて痛みを軽減させたようです。後に歯科の痛み止めチンキに用いられました。
 中国では後漢時代の『漢官儀』に、尚書郎という役人が帝にお会いする際に丁子を口に入れたという話が書かれています。また、桓帝が年配の臣下の口臭を消すために口に入れさせたところ、辛いので大慌てになったという話もあります。日本でも10世紀に丹波康頼の著した『医心方』に、中国から伝わった体に芳しい香りをつけるための丸薬が登場しますが、その処方の中に丁子の名前が見えます。

<香料と油>
 かの正倉院の宝物の中にも帳外薬物として丁香の名が見えるほか、調度品の装飾材としても用いられています。平安時代の薬玉(くすだま)は香料などを入れた袋を柱などにかけておいて邪気をはらうものですが、これにも丁子が入れられています。同じ頃、「衣被(えび)香」という防虫の目的で用いられた香料入りの包みがありましたが、これは沈香、白檀、丁香、麝香などの数種類の香料を混ぜたものでしたので、さぞいい匂いがしたことでしょう。また丁子は煮汁を染め物にも用いました。平安時代には『源氏物語』にも登場します。
 戦国時代の武士の中には香をたしなんだ者もいたようで、出陣の際には丁子の香りを兜に焚き込めたともいわれます。打ち落とされた武将の首に香を焚き込めて本国へ送り返したという話も、時代小説か何かで読んだ記憶があります。そんな趣のあることをしたのはどの武将だったのか―調べたのですが残念ながらわかりませんでした。
 花枝を水蒸気で蒸留して得られる油は丁子油と呼ばれ、これは香料や薬用に用いられました。丁子油の用途のひとつに、刀剣の錆止めがあります。
 丁子油が日本に伝わったのは寛文12年(1672年)で、長崎奉行がオランダ通詞に命じて学ばせました。堺の岡村瑞磧はこれを学んで丁子油の製造を始め、江戸の末期にはその流れをくむ業者6軒が丁子油の製造を独占していました。丁子の精油(エッセンシャルオイル)は揮発性の油であり、そのままでは錆止めにならないそうです。そのため、香料の専門家によれば植物性の油に丁子をひたして煮詰め、丁子の香りをつけたものではないかということでした。ただ現在ではこのような丁子油を製造する業者はなく、製法もわからなくなってしまいました。
 丁子油のもうひとつの用途は、鬢付(びんつけ)油です。鬢付油は髪をなでつけるためのもので、丁子の精油を椿油で抽出して作ります。丁子以外に白檀(ビャクダン)や甘松香(かんしょうこう:オミナエシ科の植物の根茎)を香料として加えたものは、“伽羅(きゃら)の油”という名前で売られていました。この油があればこそ男性の髷や女性の日本髪もきれいに整えられたという訳です。すれ違った時に夜気にほのかに匂う髪なんて、確かにロマンチックですね。ちなみに“伽羅の油”には本物の伽羅は入っておらず、よい香りがするというイメージからこの名前になったようです。
 なお、丁子の強い香りは、沖縄の八重山群島では魔除けの御守り「マムリイ」となりました。これは産婆さんに火の神に祈って作ってもらうもので、丁子やミカンの葉などを入れた袋を着物の背縫いのところにつけたのだそうです。
 戦国武将たちが香りを身につけたのは、身だしなみを整える意味のほかに、命がけで戦う場において強い匂いで魔を祓う意味もあったのでしょうか。幕末の志士たちも明日はどうなるかわからない時代の中で、丁子の匂いの油で手入れした刀が我が身を守ってくれることを願っていたのでしょうか。

<強い香りで>
 今では「チョウジ」というよりも、スパイス「クローブ」という方が名前の通りがよいかもしれません。英名のクローブも中国名・和名と同じく、釘を意味するラテン語の”clavus”に由来するといわれています。中世のヨーロッパでは、ペストの流行時に患者と接することが多かった聖職者・医者・裁判官が、予防の意味でポマンダーを身につけました。ポマンダーは匂い玉のことで、種類はいくつかあります。ちなみに、医者が用いたのは丁子を柑橘類の実に刺した強い香りのするポマンダーだったそうです。
 調理用としては、シチューやハンバーグなどの肉料理やアップルパイ・焼きリンゴなどの焼き菓子に使われます。インドネシアではその甘い香りを煙草の葉に混ぜてクレテック煙草として用いられています。

 武将や志士たちの時代から既に100年以上が過ぎ、丁子も今は兜や刀とは無縁となりました。平和な世の中はありがたいのですが、身だしなみを整えた武将や志士たちの隣りで、丁子油がどんな匂いだったのか確かめてみたかったですね。

記事:内藤記念くすり博物館
         稲垣  裕美 (2011年1月)
丁子油と丁子
江戸末期、小石川御薬園の薬園預りは芥川家と岡田家が交代で務めた。
その芥川家に伝わる携帯用薬箱(写真中央奥)には、説明書に薬用として「気分のふさぎ、あるいは胸、心あしき節、又は冷え性にて血の道おこる節」などに丁子油(写真左)を用いると書かれている。
丁子(写真右)は現在のもの。
チョウジ
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